聖月と聖月についての心得

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2018年7月20日)
―― 聖月と聖月についての心得 ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。アッラーは、クルアーン・悔悟章において述べておられる
「誠、アッラーの御許では、月の数は12ヶ月である。(そのことは)アッラーが天と地を創造なされた日に、聖なる書巻の中に(記されて)ある。その内、四つが聖なるものである。それが正しい教えである。それ故、その聖月中にお前たちは、お互いに不義をはたらいてはならない。そして、多神教徒が皆でお前たちと戦う様に、皆で戦え。アッラーは、主を畏れる者と共にあられる事を知りなさい。」(9章 36節)

信者たちよ。例えば、ラマダーン月は、クルアーンが天より下され、そして、最初の啓示がなされた月であり、御赦しを多く頂ける月であり、火獄の火から遠ざかる機会を多く含む月である。そのラマダーン月が他のどの月よりも恵みの多い月となるように、アッラーは、定められた。その上で、アッラーは、聖月を設けられた。それら四つの聖月については、他の月よりも恵みが多いというのは、アッラーの叡智の賜物である。それら聖月は、イスラームが確立する以前の時代にも、人々が神の栄光を讃える月ではあった。イスラームでは、それら聖月がそれ以前よりももっと、神の栄光を讃えるに相応しい月として位置づけている。
アッラーは、クルアーン・悔悟章において述べておられる。
「…アッラーの御許では、月の数は12ヶ月である。…」(9章 36節)
この節で、アッラーは、月数を12と定められたことを伝えている。また、悔悟章の「…アッラーが天と地とを創造なされた日に、…」(9章 36節)というのは、天地を創造なされたというとても大事な事を述べたもので、天地創造の折には、夜の闇と昼の明るさが存在する様に、太陽と月を軌道に浮かせられたということである。即ち、昼夜を創られたということであり、アッラーによる神慮は、深くて早い時期からのものである。アッラーは、天地を創造なされた時には、月数を定め各月に名前を付けられ、それを順番に配されたことを、聖典クルアーンを通して預言者さまSAWに啓示なされ、そのことを明かしておられる。各月には、それぞれの名前、序列と神聖さが与えられているのであり、不信仰者が行う様な変更には何らの意味も無いと言うことである。不信仰者がどんなに変えたとしても、アッラーが定められたものまでは変えられないのである。それ故、ムスリムが、ローマから引き継いだ暦や月を、イスラーム暦やイスラーム暦の各月の名前よりもより好んで使うというのは好ましい事ではない。

信者たちよ。アッラーは、クルアーン・悔悟章おいて、「…その内、四つが聖なるものである。それが正しい教えである。…」(9章 36節)と述べておられるが、それがアッラーの掟であり、アッラーの正しい道であると言うことを意味している。それに関連し預言者さまSAWは、「訣れの説教」において次のように述べておられる。「…人々よ、(聖月の)延期、変更は不信仰を増長する。アッラーが神聖となされた期間の帳尻を合わせる為に、或る年には、それ(聖月の変更)を合法とし、或る年には、それを神聖不可侵とする不信仰者は、それによって迷いに陥っている。彼らは、合法なものを非合法とし、非合法なものを合法とする。アッラーが天地を創造された時と同じように、月日は循環しているのである。アッラーの御許での月の数は12である。その内4ヶ月は神聖な月であり、それは連続した3ヶ月「ズルカエダ月、ズルヒッジャ月、ムハッラム月」と、ジュマーダー月とシャアバーン月の間の月、即ち「ラジャブ月」である。…」 

信者たちよ。更に、アッラーは、クルアーン・悔悟章において、「…その聖月中にお前たちはお互いに不義をはたらいてはならない。…」(9章 36節)と述べておられるが、一年のいずれの月にも過ちを犯してはならないのは当然のことではあるが、聖月には過ちを犯すことを特段に差し控えなさいと強調なされているのである。争ったり、悪事をはたらいたりといった過ちを犯さないようにということであり、何故ならば、聖月には、アッラーは一つの事に対しても多くの恩典を御用意なされ、良いことに対する恩典が多い代わりに、御命令に従わない事に対する懲罰も倍加されると言うことだからである。四つの聖月に過ちを犯すことは由々しいことであり、アッラーは、その四つの聖月を他の月と区別なされ、神聖であると位置づけられ、讃美なされるが故に、聖月に犯す悪事は他の月のそれよりももっと大きな悪事とみなされ、聖月に行う善事は他の月のそれよりももっと大きな善事とみなされるのである。

信者たちよ。最も大きな罪悪は、アッラーに同等のものを並び置く事である。そして、クルアーン・悔悟章にある、「…その聖月中にお前たちはお互いに不義をはたらいてはならない。…」(9章 36節)の中で示される不義とは、特に虐待のことを意味しており、虐待は、極めて大きな罪であるから、そのことをしっかりと心に刻んでおきなさいということである。ジャービル・ビン・アブドッラー(平安を)は、アッラーの使徒SAWが次のように語られたと伝えている。「虐待の罪を犯すことを恐れよ、なぜなら、虐待は、復活の日の暗闇になるからである。また、強欲を恐れよ。なぜなら、強欲は、お前たち以前の者どもを滅ぼす原因となったからだ。それ即ち、強欲は、当時の者たちを扇動して血を流させ、その者たちに課された禁止の事柄を無効にしてしまった。」
如何なる欠点をも御持ちではないアッラーは、クルアーン・ユーヌス章において述べておられる。
「誠、アッラーは、決して人間を害されない。だが、人間は自らを害する。」(10章 44節)
虐待には、特に気を付けなさい。そして、聖月における虐待についてアッラーは、特段に厳しく禁止しておられるのである。アッラーは、御自身に虐待することを禁止しておられるではないか。そしてまた、我々にも、そのこと、即ち、虐待を禁止しておられる事を承知しなさい。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブーバクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、聖月について学び、聖月を有意義に生かせる者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。
アッラーよ、何時でもあなたさまを顧みて感謝し、満足を知る者であるように御導き下さい。
アッラーよ、クルアーンと預言者さまSAWのスンナに従う者であるように御導き下さい。
アッラーよ、正しい道を歩む忍耐強い者であるように御加護下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ。日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ホトバ要約.

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