大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年12月22日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年12月22日)

―― アッラーに信頼を寄せるということ ――

あらゆる賞賛は、アッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。アッラーは、クルアーン・食卓章及び離婚章において述べておられる。

「…アッラーを信頼しなさい。もしも、お前たちが(誠の)信者ならば。」(5章 23節)

「…アッラーを信頼する者には、その御方は万全であられる。…」(65章 3節)

アッラーは敬虔なしもべについて、クルアーン・試問される女章において述べておられる。

「…主よ、あなたさまにお縋りし、悔悟します。私たちの帰り着く先は、あなたさまの御許あるのみです。」(60章 4節)

また、アッラーは使徒SAWに対して、クルアーン・蟻章において述べておられる。

「そこであなたは、(凡てを)アッラーに御任せしなさい。誠、あなたは明白な真理の上にいるのである。」(27章 79節)

更に、アッラーは使徒SAWの教友に関して、クルアーン・イムラーン家章において述べておられる。 

「人々が彼らに向かって言った。『見なさい。あなた方に対して大軍が結集している。彼らを恐れるべきである。』 だが、このことがかえってかれらの信仰を篤いものとした。そして、『私たちには、アッラーが居られれば万全である。』と、言った。」(3章 173節)

信者たちよ、預言者さまSAWが、「私のウンマの者7万人はなんの咎めを受けることなく、天国に入ることを許される。」と述べておられ、人々が、「アッラーのみ使いさまよ、それはどんな人たちですか。」と尋ねると、「人を幻覚させたり、魔法を掛けたりせず、ひたすら主におすがりする者たちです。」といわれた。 また、預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「頼るのを当然の事として、あなたがアッラーに頼るなら、アッラーは、小鳥にするようにあなたを考慮して下される。即ち、朝方、鳥たちがお腹を空かして巣を発ち、夕方には腹一杯になって戻って来るではないか。」 更に、預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「家を出立する時に、『ビシミッラー。タワッカルトゥ アラッラー。ワ ラー ハウラ ワ ラー クウワタ イッラー ビッラー(アッラーの御名において、私は、アッラーにこの身を委ねます。そして、アッラーの外に物事を司り変えるのが可能な如何なるものもありません。)』と唱えれば、その者は(天使から)、『あなたは、正しく導かれ、心配することはなく、御加護されます。』と言われるだろう。そして悪魔たちは、『正しく導かれ、心配する必要のない、御加護を受けた者をどうして惑わすことが出来ようか。』と嘆き囁き合う。」 

信者たちよ、以上掲げたのは、アッラーに信頼を寄せることに関するアッラーからの御言葉、及び、預言者さまSAWからの言葉であり、これらは、沢山ある内の一部に過ぎない。アッラーに信頼を寄せることは、無知や不注意によって起こる迷いから遠ざけて頂く為の大事な信仰行為である。アッラーに信頼を寄せることは、イスラーム信仰の半分にも相当し、もう半分は、アッラーへの悔悟であると言われている。

アッラーは、クルアーン・開端章において述べておられる。

「あなたさまにのみ、私たちは崇め仕え、あなたさまにのみ、御助けを乞い願う。」(1章 5節)

この章節で語られている意味は、我々は、アッラー以外を崇拝しないと言うことであり、アッラーが唯一の養育の主であられるから、アッラーだけに御助けを願うということである。なお、アッラーに信頼を寄せることは、心によって行うものであり、言葉で宣誓したり手足で行ったりするものではない。

アッラーに信頼を寄せることには、六つの大事な柱があり、その六つとは、以下の通りである。

第一の柱: アッラーが全能であられるとか、よろず養育の主であられるとかの特質や属性を通して、アッラーを知ることである。アッラーについて知れば知る程、アッラーに対する信頼の気持ちが増すのである。

第二の柱: あらゆる物事、事象が存在するのには、それ相当の理由や意味があるのであり、その現実を素直に受け入れなさい。無知の故にその意味が分からず役立てられずに諦め、それがアッラーに信頼を寄せることであると考えてしまう者がある。そうした者は、何らの努力もせずに寝そべり、アッラーが何でも届けて下されると待つ。それは怠け者の行為以外の何ものでもなく、預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「あなたにとって(来世で)有益なものを一生懸命やりなさい。そして、アッラーに助けを求めなさい。決して諦めてはいけません。そしてもし、あなたに何か災難が降り掛かっても、『もし、あの時こうこうしていたらこうこうだったのに。』と言ってはいけません。むしろ、『これはアッラーの定め。御望みのことを行ったのだ。』と言いなさい。なぜならばこの種の、『もし』という言葉は、悪魔の仕業に道を開けるからです。」

第三の柱: アッラーだけに信頼を寄せる事に固執し、それを続けることである。或る立派な人物が故人であろうと生きていようと、その人物の立派さというものが、他人に根源的に益をもたらしたり害を与えたりしたりする力を持ち合わせているはずはない。アッラーに対してだけ、心から信頼を寄せることとしなさ。

第四の柱: 心から完全にアッラーに頼ることである。そうして、願いが叶うかどうかにくよくよしたり、まごついたりしないことが大事である。完全にアッラーに頼ることで平穏な気持ちになりなさい。

第五の柱: アッラーに信頼を寄せることの本来の姿は、あらゆる問題について喜んでアッラーに委ねることであり、委ねることに不安を感じるものではないということに納得しなさい。アッラーに何かを委ねる者は、アッラーが命じられることが、喩え、自分が良いと信じていることの反対の事であっても、また、その命令が悪いことに思えても、アッラーの御命令は、自分にとってより良い事であると確信を持つことである。

第六の柱: アッラーに信頼を寄せることに満足することが大事である。実際のところ、このことは、あらゆる点でアッラーに委ねることの成果のである。それ故、イスラーム学者は、アッラーの命令に満足することを、アッラーを頼りにすることの意味であると定義づけている。

信者たちよ、本当にアッラーに信頼を寄せる者は、欲しいものを得ようと悩まないし、不法なことを行おうと企てもしない。欲しいものを手中に出来るのは、アッラーの思し召しに従ってのことであり、我々が母の胎内にある時に定められた事なのである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「アッラーを畏れなさい。欲しいものを求めるなら、程々にしておきなさい。なぜなら、望むと望まないに係わらず、死ぬまでに欲しいものを使い尽くしてしまう人間はいないのである。だから、アッラーを畏れ、欲しいものを程々に求めなさい。合法なものだけを手にし、違法なものを拒否しなさい。」

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、あなたさまに信頼を寄せる善い信者の一人となるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ホトバ要約.

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