大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年12月15日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年12月15日)

―― 礼拝の大切さ ――

あらゆる賞賛は、アッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。我々は常に神の叡智の許にあり、神に服従し生きているものであることを知ろうではないか。

アッラーは、クルアーン・家畜章において次のように述べておられる。

「『また、礼拝の務めを守り、アッラーを畏れなさい。その御方こそは、お前たちを御許に召集なされる方であられる。』(と命じられている。)」(6章 72節)

信者たちよ、礼拝は、信仰における背骨に相当するものであり、礼拝は、イスラームの柱の第二番目のものである。また、礼拝は、信仰行為の中での最も大事な行いである。礼拝を実行することは、家にいるからとか、旅にあるからとか、ないし、健康であるからとか、病気であるからとかいって、やらずに済むものではない。そのことを、しっかりと心に刻みなさい。礼拝は、信者として審判の日に問われる第一の義務的行為であることを承知しなさい。誠に、礼拝は、身体にとって心が大事なように、正しい行いにとっての核とも言うべき大事なものである。即ち、礼拝は、正しい行いの中の、一番大事な行いということである。礼拝をしっかりと行う者は、その他の行いもしっかり行う者に違いない。預言者ムハムマドSAWは、次のように述べておられる。「審判の日に、第一番目に問われるのは礼拝についてである。それがしっかりしているとみなされるならば、その他のあらゆる行いがしっかりしているとみなされる。もし、礼拝がしっかりしていないならば、他のあらゆる行いが損なわれることとなるだろう。」 即ち、誰でも礼拝を心からしっかりと行う者は、他の行いも同様に行うであろうということである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「礼拝を守る者は、礼拝を審判の日の光と救済とする者である。」 「礼拝は、三つからなる。一つは清潔、一つはルクー(立礼)、もう一つはスジュ(平伏礼)である。それがしっかりと行われていると認められないなら、他のあらゆる行いは認められない。」

信者たちよ。誠に、礼拝は、諸預言者に対する教えの一つであった。イブラーヒーム(平安を)は、アッラーに礼拝の務めを願い出た者であった。アッラーは、クルアーン・イブラーヒーム章において述べておられる。

「主よ、私と私の子孫たちを、礼拝の務めを守る者にして下さい。主よ、私の祈りを受け入れ下さい。」(14章 40節)

至高のアッラーは、預言者イサーク(平安を)とヤークブ(平安を)に礼拝を行うように命じられ、クルアーン・預言者章において述べておられる。

「われは、彼らをわが命令を奉じて(人びとを)導く導師とさせ、彼らに善行に励み、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をするよう啓示した。そして、彼らは心からわれに仕える者であった。」(21章 73節)

アッラーは慈悲溢れる御方であられ、ムーサー(平安を)とハールーン(平安を)に礼拝を行うように命じられ、クルアーン・ユーヌス章において述べておられる。

「われはムーサーとその兄弟に啓示して言った。『あなたがたの民の為にエジプトに住まいを定め、あなたがたの家を礼拝の場となし、礼拝の務めを守りなさい。また、信者たちに吉報を伝えなさい。」」(10章 87節)

預言者イーサー(平安を)は、神から同様の啓示を受けた。アッラーは、クルアーン・マルヤム章において述べておられる。

「・・・また、生命のある限り礼拝を捧げ、喜捨をするように、私に御命じになられました。」(19章 31節)

そして、至高のアッラーは、預言者ムハムマドにも、礼拝を行うように命じられ、クルアーン・フード章において述べておられる。

「礼拝は昼間の両端において、また夜の初めの時に、務めを守れ。本当に善行は、悪行を消滅させる。これは(主を)念じる者に対する訓戒である。」(11章 114節)

預言者ムハムマドSAWは、礼拝を通じて創造主に御近づきになり、困難から自らを救済した。アッザーンの担当者ビラール(平安を)は、預言者ムハムマドSAWが、「ビラールよ、礼拝の呼び掛けによって、私たちを慰めておくれ。」と言われたと伝えていおる。そして、預言者ムハムマドSAWの最後の言葉が「礼拝」であったと伝えられている。

信者たちよ、礼拝は、行ってしまった悪事を削除する程の重みのある行いの一つであると承知しなさい。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「アッラーが人間に義務の行いとして課されたもの、それは、五回の礼拝である。正しい作法に従い浄めを行い、定められた時刻に礼拝し、心でも動作でもアッラーの御前でひれ伏するべきものである。そうする者は、アッラーによる赦しが約束されている。」 一方で、報酬は、人それぞれに異なっているものであり、例えば、礼拝に早く来る者と、遅れて来る者とでは異なった扱いがなされるだろう。

信者たちよ、礼拝を行う者は、信仰に強く密着し、悪い行いから遠ざかるようになるであろう。礼拝の徳は、そうしたことにあるのである。アッラーは、クルアーン・蜘蛛章において述べておられる。

「お前たちに啓示された啓典を読誦し、礼拝の務めを守れ。誠、礼拝は、(人を)醜い行いと悪事から遠ざける。なお、最も大事なことは、アッラーを唱念〔ズィクル〕することである。アッラーは、お前たちの行うことを知っておられる。」(29章 45節)

礼拝を心から行うことの報酬についてであるが、例えば、マスジドで礼拝しようとして家を離れた瞬間から、家に戻るまでについて与えられるものである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「礼拝の呼び掛けアザーンを待つ者は、夜半の礼拝を行う者にも並び称される。家を出発した時から戻るまでの間が、礼拝とみなされるのである。」

信者たちよ、至高のアッラーは、クルアーン・信者たち章において述べておられる。

「信者たちは、確かに勝利を勝ちとる。」「彼らは、礼拝に敬虔である。」(23章 1–2節)

しっかりと礼拝を行う者は、謙虚であり、中庸を弁え、アッラーの威厳を知り、教えに従う者である。しっかりと礼拝を行う者は、主の御側にある者であり、俗世の戯れごとに関心を払うことはなく、心から懺悔し、敬虔な心で慈悲深いアッラーに顔を向ける者である。礼拝による報酬は、礼拝を大事に思う心と集中の程度に従い量られる。また、礼拝する者の謙虚さと品行、礼拝についての知識の深さに根差した作法に従い量られるものである。

                          
預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、御受け入れ頂ける礼拝を行うことが出来る者であるように御力添え下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ホトバ要約.

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