アッラー崇拝することで得られるもの(2017年10月20日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年10月20日)

―― アッラー崇拝することで得られるもの ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーは、聖典クルアーンをもって人間に栄誉を与えられ、人間を正しい教えに導かれる。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。

アッラーは、クルアーン・純正章において、御自身のことを述べておられる。

「御産みなさらないし、御産れになられたのではない、」(112章 3節)

アッラーは、唯一であられ、永久不滅であられ、無援であられる。アッラーは、しもべの祈願に応えられる御方であられる。求める者に与えられる御方であられる。アッラーは、誰でも頼る者にとって万全な御方であられる。全知、全能のアッラーは、御自分だけを崇拝するように命じておられる。また、ムハムマドSAWは、アッラーの使徒であり、アッラーの大事なしもべであることを証言する。ムハムマドSAWは、創造物の最高峰であり、人類全ての中にあって最も完全な方であられ、真理の教えイスラームの.伝達者で信仰におけるお手本であられる。

信者たちよ、常に、どんな時にも、至高のアッラーに思いを寄せ、アッラーに従おうではないか。

アッラーは、クルアーン・イムラーン家章において次のように述べておられる。

「・・・お前たちが主を信じて畏れるなら、偉大な報酬を受けるであろう。」(3章 179節)

信仰は、神から賜ったものであり、アッラーの御満悦を得る為の道へと導くものである。アッラーは、信仰を広める為に、アッラーの道の為に骨身を惜しまない預言者ムハムマドSAWを遣わされた。本質的に、信仰は三つの要素からなっている。信仰していることを言葉にすること、信仰を心から確信し受け入れること、信仰に係わる行為を行うことである。そして、信仰に係わる信じるべき六つの事柄は、①唯一の神アッラーの存在を信じ、アッラーを崇拝すること。②天使がアッラーの忠実なしもべであると信じること、④預言者ムハムマドSAWがアッラーの御使いであると信じること。③聖典クルアーンがアッラーの御言葉であると信じること。⑤終末と審判の日の存在を信じること。⑥運命が、それが良くあっても悪くあっても決められたものであると信じることである。

至高のアッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。

「使徒は、主から下されたものを信じる。信者たちもまた同じである。(彼らは)皆、アッラーと天使たち、諸啓典と使徒たちを信じる。『私たちは、使徒たちの誰にも差別をつけない。』(と言う。) また、彼らは言う。『私たちは、(教えを)聞き、服従します。主よ、あなたさまの御赦しを願います。(私たちの)帰り所はあなたさまの御許であります。』」(3章 179節)

アッラーを崇拝することは、アッラーが人々に与えられる最高の授けものであり、人々が善行を行う原動力であり、そして、悪魔の囁きや貧乏による苦労から人々を守るものである。信仰は、アッラーからの報酬を受け、来世における救済の道が得られる手立てである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「アッラーにお会いして、アッラーの外に崇拝する神はないと確信する者は、天国に入るのを拒否されないであろう。」 地獄に入ったムスリムが、この上なく慈悲深いアッラーを信じるならば、永久にそこに留まることはないに違いない。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「天国に入る者が天国に入り、地獄に入る者が地獄に入る時には、アッラーは、地獄に入る者にそこから出るに値するだけの芥子粒程の信仰を持つように命じられる。」

アッラーを崇拝し、信頼することは、身につけるべき最も大事な事柄である。子供たちが強い立派な信仰心をもって成長するように、子供たちを育てるべきである。子供たちを、アッラーにしっかりすがって成長するように導くべきである。そうすれば、良い時も悪い時もどんな時にも、あらゆることが至高のアッラーに帰するということが、そして、全ての創造物の生きる糧は、アッラーの手の中にあることが分かるであろう。ルクマーン(平安を)は、信仰の奥深くにある倫理観を、どのようにして息子に植え付けたのかが聖典クルアーンに示されている。アッラーは、クルアーン・ルクマーン章において述べておられる。

「(ルクマーンは言った。)『息子よ、(いかなる事柄について、)仮に芥子粒程の重さでも、それが岩の中、または、天の上、または、地の下に(潜んで)いても、アッラーはそれを探し出される。誠、アッラーは、深奥の神秘を知っておられ、(それらに)通暁なされる御方であられる。』」(31章 16節)

預言者ムハムマドSAWは、老いた者にも、若い者にも、アッラーを崇拝することについて教えられた。イブン・アッバース師は、預言者さまSAWが述べられたとについて次のように伝えている。「或る日、預言者さまSAWが言われた。『そこの若者よ、教えてあげようではないか。アッラーを心から思いなさい。そうすれば、アッラーは、お世話して下される。アッラーを心から思いなさい。そうすれば、アッラーは、守って下される。何かが欲しいなら、アッラーに求めなさい。もし、助けを求めたいなら、アッラーに求めなさい。或る集団が何か良いことをあなたにしてくれようとしても、既にアッラーからの定めにあることを除けば、その集団は、あなたには何の益を与えることもないであろうことを承知しなさい。また、或る集団が何かの害をあなたに与えようとしても、既にアッラーからの定めにあることを除けば、その集団はあなたには何の害を与えることもないであろうことを承知しなさい。運命を記録するペンは紙を離れ、インクは既に乾いているのである。』」 教友のひとりは、「子供だった頃、預言者さまSAWと一緒にいると、信仰について教わり、また、クルアーンについて教わった。そのお陰で、信仰の心が強くなったものである。」と語っていたという。信仰と、神からの報酬については、信仰行為と善行を積むことによって向上、増進させるものである。

アッラーは、クルアーン・ムハンマド章及びマルヤム章において述べておられる。

「しかし、導かれている者たちには、(一層の)導きと敬虔の念を授けられる。」(47章 17節)

「アッラーは、導きを求める者に対し、御導きを強化なされる。・・・」(19章 76節)

アッラーを崇拝することによる恵みはといえば、静穏な神聖な思いに浸ることであり、それは、信者の喜びである。ムスリムたちは、信仰を深めることで、神が護って下されることに満足し安心する。その満足感と安心感は、信者たちが心の慰めとなる恵みであり、そのことが、創造主への崇拝を益々推し進めるものとなる。

アッラーは、クルアーン・雷電章において述べておられる。

「これらの信仰した者たちは、アッラーを唱念し、心の安らぎを得る。アッラーを唱念することにより、心の安らぎが得られないはずがないのである。」(13章 28節)

アッラーへの心からの崇拝は、信者たちを更に正しい道へと導く。それ程に、強い力を持ったものである。

アッラーは、クルアーン・ユーヌス章において述べておられる。

「誠に信仰して善行に励む者には、彼らの主は、その信仰によって、彼らを導かれる。至福の楽園の中に、川が、彼らの足元を流れるのである。」(10章 9節)
                    

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、あなたさまを片時も忘れることなく崇拝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ホトバ要約.

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