聖なるムハッラム月と断食斎戒(2017年9月29日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年9月29日)

―― 聖なるムハッラム月と断食斎戒 ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。我々は今、四つの神聖な月、即ち、ズルカイダー、ズルヒッジャー、アル・ムハッラム及びラジャブの一つであるムハッラム月の中にある。ムハッラム月は、誠に徳の高い月であり、或る行い、例えば、断食斎戒の様な行いに対し特別の報酬が用意された月なのである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「ラマダーン月の断食斎戒に次いで価値ある断食斎戒は、ムハッラム月のものである。また、義務の礼拝に次いで良い礼拝は、真夜中のものである。」 ムハッラム月の徳の高さとして、10日目の「アーシューラーの日」がその月の中にある事が上げられる。アーシューラーの日の断食斎戒について、預言者の妻アイシャーさま(平安を)は、次のように述べておられる。「クライシュ族(預言者さまSAWの一族)は、ジャーヒリーヤ時代(預言者さまSAWに啓示が下される以前の時期、ないし、時代)、アーシューラーの日に断食斎戒を行っており、御使いさまSAWもそれを行っておられた。それはマディーナに移られてからも続けられ、御使いさまSAWは、人々にもその断食斎戒の実行を勧めておられた。しかし、ラマダーン月の断食斎戒が義務となってから御使いさまSAWは、『アーシューラーの日の断食斎戒は望む者は行い、望まない者は行わなくてよい。』と申された。」 

さて、イブン・アッバースは、次のように伝えている。「アッラーの御使いSAWがマディーナに移住され、ユダヤ教徒たちがアーシューラーの日に断食斎戒を行っているのをお知りになった。アッラーの御使いSAWは、彼等に『あなた方はどうして今日断食斎戒をするのか。』と問われた。彼らは、『今日は、アッラーがムーサーと彼の民族を救われ、ファラオとその配下の者たちを溺死させた意義のある日です。それで、ムーサー(平安を)は、感謝のために断食斎戒を行いました。従って、私達もこの日、断食斎戒を行うのです。』と言った。アッラーの御使いSAWは、『我々こそ(それ即ち、断食斎戒をするのに)よりふさわしい。我々こそは、ムーサー(平安を)との関係がより密接である。』と申され自らその日の断食斎戒を挙行され、人々にも命じられた。」 預言者ムーサー(平安を)は、イスラームの道を歩まれ、我々ムスリムがお慕いしている方なので、預言者さまSAWは、この日に断食斎戒をなされ、人々に断食斎戒をするように勧められたのである。また、サラマ・ビン・アクワウは、次のように伝えている。「アッラーの御使いSAWは、アーシューラーの日の朝、人々の許へアスラム族の者を使者として送り、『今日は、アーシューラーの日であるから、これまで何も口にしていない者は、そのまま断食斎戒を成し遂げ、また、既に食事を取ってしまった者は、今から夜まで、何も口にせぬように。』と人々に告げさせた。」

アーシューラーの日に断食斎戒をすることによる徳とは何であるかを問われ、預言者さまSAWは、次のように答えられた。「この断食斎戒によって、この一年間の過ちを償うことを、アッラーが御取り計らい下さるだろうと期待している。」 更に、預言者さまSAWは、次のようにも述べておられる。「来年も生きているなら(ムハッラム月の10日に加えて9日にも断食斎戒を行いたいものだ。」 それは、ユダヤ教徒が行う断食斎戒はアーシューラーの日にのみ行うものであり、我々ムスリムがムハッラム月10日に加え9日にも断食斎戒を行うことでユダヤ教徒との違いを敢えて示すということである。従って、これらの二日間に断食斎戒を行おうのが望ましいが、これらの日の断食斎戒が困難であれば、この月、即ちムハッラム月の内のいずれかの月曜日と木曜日の2日間、ないし、月の半ばである13日から15日の3日間などに行うがよかろう。そうする事が来世への備えとなる。

アッラーは、クルアーン・地震章において述べておられる。

「一微塵の重さでも善を行った者は、それを(審判に日に)見る。」(99章 7節)

信者たちよ、数の上で大層優っていた専制君主ファラオとその配下の軍隊に対抗した、預言者ムーサー(平安を)とその一行に対して、アッラーが勝利を授けて下さった月がこのムハッラム月である。アッラーは、御自分の教えに従う正しい者に勝利を与えたのである。アッラーは、そうした者の願いを叶え、決して裏切られなかったということである。アッラーは、クルアーン・ガーフィル章において述べておられる。

「誠に、現世の生活においても、また、証言者たちが立つ日(審判の日)においても、必ず、われは、われの使徒たちと信仰する者たちを助ける。」(40章 51節)

この章節は、礼拝し断食斎戒を行うならば助けが保証されると言うことの証明である。その他の種々の善行を熱心に行うならば、アッラーは、援助の手を差し延べられ、御加護下されるということである。人々が信仰行為に熱心であるなら、いかなる時にもアッラーは、それ故、その者たちを愛し、素晴らしい報酬を下される。アッラーは、善行を行う者を愛し、アッラーに懺悔する者を御導きになられるのであるが、アッラーは、人々にそうさせたいと願っておられるということが分かるであろう。

多くの信者たちは、礼拝、断食斎戒、喜捨、巡礼を行うことで得られる報酬の機会を自ら奪っているのであるが、一方で、アッラーは、信者たち皆が、これらの善行に熱心に取り組み、報酬が得られるようにして上げようとなされる。アッラーは、主に感謝し、主が御悦びになられる善行を積むことに熱心で、後戻りせず、それら善行を行うことを減らしたり止めたりするのを防ぎ、人生をいかに終わるかに常に最善の努力を傾ける様にと、人々を仕向けられるのである。なぜ、そうなされるのかと言えば、それがアッラーのしもべの各人にとって一番大切な事だからである。預言者さまSAWは、次のように述べておられる。「その御方以外に神はない御方に誓って、あなた方の誰かが天国に今にも手が届きそうな程の立派な行いをしながら、最後に彼の(運命の)定めが彼に先行して、遂に、地獄の住人になる行為をしてしまう。そして、そこに入ってしまうこともある。また一方、あなた方の誰かが地獄の住人になる行為をし続けて、彼とその間が今にも手が届きそうな位になったとき、彼の(運命の)定めが彼に先行して彼は、天国の住人になる行為をする。その結果彼は、天国に入ることになる。」 アッラーは、信者の死の直前までの行為を御覧になられ、公平に審判なされるということである。

アッラーは、クルアーン・預言者章において述べておられる。

「われは、審判の日のために公正な秤を置き、たとえ、介子粒一個の重さであっても(証拠として)持ち出すので、一人として不当に扱われることはない。…」(21章 47節)

                          

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、聖なる月、特にムハッラム月に、善行を沢山積むことが出来るように御力添え下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ホトバ要約.

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