病人を見舞う大切さと、見舞いの作法(2017年2月3日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2017年2月3日)
―― 病人を見舞う大切さと、見舞いの作法 ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。アッラーを畏れなさい。アッラーを思い、常にアッラーに感謝しなさい。アッラーに思いを寄せる事によって心は平穏となり、そして、アッラーに感謝することによって幸福が持続する。良い行いに励みなさい。なぜなら、良い行いは、天国に入る為の備えとなるからである。

信者たちよ。イスラームという信仰の純粋さと、イスラームという教えの良さは、良い性質と正しい行いが何であるかを明らかにしているところにあり、遠くにいる、ないし、近くにいるムスリムの友に対する接し方を分かり易く示している。その事に関する、次のハディースがある。「アッラーの御使いSAWは、『ムスリムが他のムスリムに対して行うべき好ましい事柄が六つある。』と言われた。すると、『アッラーのみ使いよ、それは何ですか。』と問う声があった。御使いSAWは、『あなたが、他のムスリムに会った時は挨拶をすること。食事に招待されたら受けること。助言を求められたらそれに応えること。くしゃみをした者が“ヤルハムカ・アッラー”と祈願したら、“アルハムドリッラー”と唱えること。病気になった友を見舞うこと。友が亡くなった時には葬儀に参列することである。』と言われた。」 

信者たちよ、病気見舞いというものは、友が弱って辛い時に傍に付いていてあげるということであり、それは、大切な良い行いである。「預言者さまSAWは、次のように述べておられる。『病気のムスリムの友を見舞うムスリムは、彼が戻って来るまでは天国の果樹園にいるようなものである。』」 また、アブー・フライラは伝えている。アッラーの御使いSAW は、次のように述べられた。「復活の日にアッラーは、次のように言われるでしょう。『アーダムの息子よ、私が病気になったのにそなたは、なぜ私を見舞わなかったのか?』と。そこで、『主よ、どうやって私は、あなたさまを見舞えましょうか?あなたさまは、この万物世界の主であらせられるというのに。』と答えた。すると、アッラーは、次のように言われます。『そなたは、私のしもべの誰それが病気であったことを知りながら彼を見舞いませんでしたね。その時もし、彼を見舞っていれば、彼のもとで私を見い出すということを知りませんでしたか?』」 更に、次のハディースが伝えられている。「預言者さまSAW は、病気を見舞った者には、『あなたの行いは立派であり、とても良い行いの歩みの中にあるのであるから、きっと、天国を手にするでしょう。』と空から声が掛けられると述べられた。」

病人を見舞う時の良い作法として、預言者さまSAWがなされた様に、見舞った者は、病人の頭の側に立ち、額ないし痛む箇所に手をかざし、「心配はいりません。病気はアッラーの御意志によるもので、あなたを浄化させようとしているのです。」と言うがよい。また、痛みが去って、病気が和らぐように行う祈願の言葉がある。ウスマーン・ビン・アブー・アース・サカフィーについて、次のハディースが伝えられている。「彼は、預言者さまSAWに痛みによる苦しみを訴えた。それは、彼がイスラームに帰依して以来ずっと悩んでいたものであったが、アッラーの御使いSAWは、彼に、『君の手を体の痛い部分に置き、先ず“ビスミッラー”と三回唱え、そして更にA’udhu billahi wa qudratihi min sharri ma ajidu wa uhadhiru “私は、私が知り、かつ、用心している禍からの救済を、アッラーと、その御力に求めます。”と7回言いなさい。』と言われた。」  更に、病人を見舞う者は病人の為に祈願すべきであり、イブン・アッバースは、次のハディースを伝えている。「預言者さまSAWは、『アッラーは、きっとお治し下さいますから、重篤ではない病人の為に次の言葉を7回唱えなさい。 “私は、玉座に居られる偉大な主アッラーにあなたの病気を治癒下さる様に祈願します。” 』」言われた。 また、アーイシャさまは伝えている。「アッラーの御使いが病人の所に行くとその者の為に祈願され、『人々の主よ、不幸を追いやって下さい。病人を癒やして下さい。あなたさまこそが真実の治療者であられ、あなたさまからの治療こそが誠のものであり完全なものです。』と言われました。」 加えて、病気の預言者さまSAWを天使ジブリールが見舞い、その時に言われたと伝えられているのは、「アッラーの御名において、全ての魂と、妬む者の目からあなたを傷つけるあらゆるものに対し、あなたの為に唱えようではないか。アッラーは、御治し下されるであろう。あなたの為に唱えようではないか。」である。

信者たちよ、病気見舞いの心得として、次のことを知っておくがよかろう。長居はしないこと。病人に多くを尋ねないこと。しゃべりすぎないこと。病人の心配や痛みを増すようなことを言わないこと。病人の気が合わない人について、敵対する人については、話題にしないこと。病人の家族や子供についての良いこと以外には語らないこと。これらは、病人の為を思っての助言である。

病気や怪我は、悪事の償いであり、病気から回復した後には悪事から遠ざかりなさいとの信者への警告である。誰もが死の病に見舞われる訳ではないが、アッラーからの警告は、誰に対してもあるということである。
アッラーはクルアーン・悔悟章において述べておられる。
「彼らは毎年、一度や二度、試みられるのに気付かないのか。それで、彼らは、悔悟することなく、また、改心することもないのか。」(9章 126節)

信者たちよ、病人を見舞うことは、推奨されるべき行いであり、喩え、病人が既に昏睡状態にあるにしても見舞うべきものである。預言者さまSAWと教友アブー・バクル師は、ジャビール師が既に昏睡状態にあったときに見舞われたというではないか。こうした病気見舞いの行いは、病人の家族に希望を与えるものであり、更に、見舞いの者が行う祈願は、受け入れられるに違いないのである。

更に、ここで付け加えるべき事柄がある。それは、病気見舞いに際し、見舞いの品を持参するかどうかということである。見舞いの品を持参するのは、イスラームではない人々の間の習慣であり、ムスリムにとっては、病気見舞いの際に必要な礼儀の一つということではない。見舞いの品を持参することは、むしろ過剰な行為であり、へつらいの結果である。それは、イスラームにはない習わしに追従する、人目を気にしての行いといえるだろう。即ち、病気見舞いの品を持参することは、アッラーの教えであるイスラームとしての病気見舞いのやり方から外れており、それにこだわる者たちは、悪い影響を後に残すこととなるだろう。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、病人を見舞うことの大切さを知り、正しい作法で見舞う者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

Comments are closed.