真面目さは道を示す灯りである(2016年12月23日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年12月23日)

―― 真面目さは道を示す灯りである ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ。畏れるべき存在であられるアッラーを畏れなさい。アッラーの教えを守る敬虔な信者を見習いアッラーに御近づきなるようにしなさい。アッラーが人間を創造なされ、人間が生きてゆく上で従うべき正しい道を示しておられることを知りなさい。その正しい道とは、その道に従っていれば審判の日に救済される、そうした道である。至高のアッラーは、クルアーン・家畜章において述べておられる。

「誠に、これはわれの正しい道である、それに従いなさい。(外の)道に従ってはならない。それらは、その御方の道からあなたがたを離れ去らせよう。このように、その御方は、命じられる。きっと、あなたがたは、主を畏れるであろう。」(6章 153節)

更には、アッラーは、しもべたちが正しい道に導いて頂けるように祈願しなさいと命じておられる。アッラーは、しもべたちに礼拝の各ルクア毎に開端章を読誦し、心の底から祈願しなさいと命じておられる。その、開端章の一部を掲げるなら、次のとおりである。「私たちは、あなたさまにのみ崇め仕え、あなたさまにのみ御助けを請い願う。」「私たちを正しい道に御導き下さい。」(開端章 1章 5—6節) 御使いさまSAWは、ソフィヤン・ビン・アブドッラー(平安を)に、「御使いさまよ、イスラームについて、外ならぬあなたから直接お聞きしたい。」と問われ、「アッラーを信じますと言いなさい。そして、その思いを保持しなさい。」と答えられた。

信者たちよ。ムスリムにとっての真面目さには、アッラーに対し、自分に対し、他人に対し良くあるということである。先ず、アッラーに対して真面目であるとは、人間が主に服従することに関するものであり、自分に係わるあらゆる事柄を主にお任せし、見られている、ないし、見られていないに拘らず、行いが正しいということである。アッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。

「一方、アッラーに自分の真心を尽くして服従、帰依し、善行に勤しむ者は、主の御許から報奨を与えられる。彼らには、恐れもなく、心配もないであろう。」(2章 112節)

次に、他人に対し真面目であるとは、創造主に対する正しい行いの結果ということである。主に対して真面目な人間とは、主が創造なされたものに対し必然的に正しい行いをする。真面目な人は、他人に正しく振る舞うということであり、親切で、過ちを許すということである。それ故、敬虔さと他人に良く振る舞うことについてのハディースがあるのである。預言者さまSAWは、述べておられる。「常に、アッラーを畏れなさい。過ちに気付いたら、良い行いに努めなさい。良い行いは過ちを消してくれるだろう。人々には良い振る舞いで接しなさい。」 

所で、真面目であることに固執すれば、気高い人生を送ることが出来る。その人生は、純潔で高潔というものによって飾られることとなる。それは疑いなく、主によって讃えられる立派な人生であり、創造物の中での優位を与えられるだろう。真面目さは、人間を高め、心を清純にし、悪いことを喋るといった悪事を防ぐこととにつながる。人が、高潔となり、悪事に巻き込まれるのから守られることは、真面目さの美点によってもたらされるものである。主は、当然のこととして、御使いSAWと信者たちに真面目であることを命じられる。

アッラーは、クルアーン・フード章において述べておられる。

「それで、お前と、また、お前と共に悔悟した者が命じられたように、(正しい道を)堅く守れ。教えを破ってはならない。その御方は、お前たちの行いを御存知であられる。」(11章 112節)

真面目であることを身につけた者たちは、行いが向上し、起こる問題を解決し、恩恵を約束下さるようにアッラーに祈願するものである。アッラーは、クルアーン・アル・ジン章において述べておられる。

「もし、彼らが道を守るならば、われは、必ず、豊かな雨(凡ての恩恵)を彼らに恵む。」(72章 16節)

信者たちよ。真面目であることが大事であるなら、その為に何をどうするとよいのか。真面目であることは、ムスリムが至高のアッラーからの宗教の知識を身につけた後にのみ得られるものである。従って、主の教えを知ることである。そうした知識は、真面目さへと導いてくれて、悪事や強い欲望に汚されることから思い留め、自身を清純へと留め置く。アッラーは、クルアーン・太陽章において述べておられる。 

「誠に、それ(魂)を清める者は成功し、」「それを汚す者は滅びる。」(91章 9–10節)

真面目さを得るのを助けるものとは、日々の自分自身の管理である。預言者さまSAWは、述べておられる。「賢明な人間とは、悪事を犯すことから守るように自分自身に判断を求め、死後に役立つ立派な行いをする者である。一方、馬鹿な人間とは、誘惑や欲求に向かい自分自身を押さえつけて、虚栄の欲求を満たすようにアッラーに祈願する者のことである。」 更に、真面目さを得るのを助けるものとは、正直な人々を友とし、主に従う者と共にあるように心掛け、来世に思いを寄せることである。至高のアッラーは、御使いSAWに次のようにありなさいと、

クルアーン・洞窟章において述べておられる。

「朝に、夕べに、主の慈顔を求めてその御方に祈る者たちと共に、あなた自身を堅く守りなさい。また、現世の生活の栄華を望んで、彼らからあなたの目をそらせてはならない。また、われがわれのことを念じることをおろそかにさせた者、また、私欲に従う者に服し、教えを破ってはいけない。」(18章 28節)

信者たちよ。至高のアッラーに従う者が得る報酬が何であるかを知っているであろうか。それこそは大きな報酬であり、確かな報いである。至高のアッラーは、クルアーン・フッスィラ章において述べておられる。

「誠に、『私たちの主は、アッラーであられる。」と言って、その後、正しくしっかりと立つ者。彼らの許には、(次から次に)天使が下りてきて、『恐れてはならない。また、心配してはならない。あなたがたに約束されている楽園への吉報を受け取りなさい。』(と言うのである)。」「『私たちは、現世の生活においても、また、来世においても、あなたがたの友である。そこでは、あなたがたの魂は望むものを得、そこでは、あなたがたの求めるものが得られる。』」「『寛容にして慈悲深い御方からの歓待である。』」(41章 30–32節)

ムスリムの心が真面目さに執着し、篤い信仰という飾りによって強化されるようになる時、心が悪事を避けて真面目であることを選ぶ時、正しくないものから遠ざかり真直ぐなものを選ぶ時、良いこと、信仰心篤いこととを思い、幸福で安心を得て、来世に係わる主の御満悦を得る。

アッラーは、クルアーン・砂丘章において述べておられる。

「誠に、『私たちの主は、アッラーです。』と言い、その後(その道において)堅固な者には恐れもなく、心配もない。」「それらは、楽園の住人で、その中に永遠に住む。(それが)彼らの(善)行に対する報酬である。」(46章 13–14節)

信者たちよ。アッラーを畏れなさい。アッラーに従いなさい。悪事を犯さないように注意しなさい。アッラーの御満悦を求めなさい。常にアッラーを思い感謝しなさい。アッラーに対する務めを果たしなさい。信仰篤くし、アッラーが御約束なされるものが得られるように祈願しなさい。真面目な者たちの仲間であるように努め、信仰に適っていないとアッラーが警告なされる物事から遠ざかりなさい。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、真面目な信仰心篤い者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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