自分よりも誰よりも預言者さまSAW を愛するということ(2016年12月2日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年12月2日)

―― 自分よりも誰よりも預言者さまSAW を愛するということ ――

あらゆる賞賛は、賞賛に相応しい御方、アッラーのもの。感謝は、御助けと御赦しとを御願い申しあげる御方、アッラーのもの。我々は、心にひそむ悪から、犯した悪事の報いから、御加護下さるようにアッラーに御願する。アッラーが御導きの者は、間違った道に行くことはない。アッラーでなくして人間が崇拝するのも存在せず、アッラーには共同者はないことを、また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ、至高のアッラーは、クルアーン・イムラーン家章において述べておられる。

「お前たち信仰する者よ、十分な畏敬の念で、アッラーを畏れなさい。お前たちは、ムスリムでなくして死んではならない。」(3章 102節)

そして、至高のアッラーは、御自分を愛することと、預言者さまSAWを愛することを結びつけておられる。

アッラーは、クルアーン・イムラーン家章において述べておられる。

「(ムハムマドよ)言ってやるがいい。『あなたたちが、もし、アッラーを愛するならば、自分(使徒ムハムマド)に従いなさい。そうすれば、アッラーもあなたがたを愛され、あなたがたの罪を赦される。アッラーは、寛大で慈悲深くあられる。」(3章 31節)

預言者ムハムマドSAWは、そのことを次のように述べておられる。「あなたがたの誰でも、自分の父親、子供、その他の誰か以上に私を愛するまでは、信仰心篤いとは言えない。」 こう語ることにより、預言者さまSAWは、自分SAWを愛することが、至高のアッラーを心から信仰していることの証拠であると述べておられるのである。アッラーの御使いSAWを愛することの大切さについて次のハディースがある。「ウマール・ビン・ハッタブ師が預言者さまSAWに、『御使いよ、自分自身を除いて誰よりもあなたさまを大事に思っています。』と言ったところ、『私の命を握っておられる御方に誓って、自分自身よりも私を大事に思うようになるまでは、あなたの信仰が十分であるとは言えません。』との答えがあった。それで、ウマール師は、『今、私は、アッラーに誓って、私にとってあなたさまは、自分自身よりも大切です。』と言った。預言者さまSAWは、『ウマールよ、良かった。(敬虔なものの仲間入りをした。)』と言われた。」 

信者たちよ、やがて、預言者さまSAWへの敬愛と尊敬の念は、教友たちの心にしっかりと根付いてゆき、態度に反映されていった。教友たちが善良であり、深い尊敬の念を常に持っていることが、預言者さまSAWを如何に愛するべきであるかということの最良の手本となったのである。次のハディースが伝わっている。「或る男が預言者さまSAWの許にやって来て、『アッラーの御使いよ、私は、自分自身、家族、子供よりもあなたを愛しています。家にいる時にあなたを思い、おそばに来てお会いするのを待っているのが辛くなることがあります。自分の死とあなたの死について考えると、あなたが天国に入るのは、預言者であるが故と承知しています。それで、私が天国であなたのお会いできるのかどうか心配になります』と言った。預言者さまSAWは、啓示が下るまで、それに答えることはなかった。それに係わる啓示とは、クルアーン・婦人章の次の章節である。『アッラーと使徒に従う者は、アッラーが恩恵を施された預言者たち、誠実な者たち、殉教者たちと正義の人々の仲間となる。これらは、何と立派な仲間たちであることよ。」(4章 69節)』」 また、アリー・ビン・アブー・ターリブ師は、預言者さまSAWを愛することについて問われ、「アッラーに誓って、自分の財産、自分の子供、自分の両親、喉の渇きをいやす一杯の冷たい水よりも、預言者さまSAWは私にとって大切です。」と答えたという。

信者たちよ、更には、ザイド・ビン・ダシナ師がイスラーム宣教に反対するクライシュ族のアブー・ソフィヤンに捕えられた時の事が語られている。「ムハムマドがここで首を落し、お前が(仲間の許に返され)仲間と共にあるのを望みはしないのか。」と聞かれ、「自分が家族(や仲間)と共にあるよりは、預言者さまSAW が苦しまれることがないことを望む。喩え、とげが刺さった程度であっても預言者さまSAWが苦しまれるなど自分には我慢がならない。」と答えたという。預言者さまSAWを愛する気持ちにおいて、サイド師の預言者さまSAWへの敬愛の気持ちが教友たち中で最も強いものであると、アブー・ソフィヤンは感心したという。

信者たちよ、預言者さまSAWがいよいよマディナへ移住すべき時期が来て、預言者さまSAWは、アッラーがマディナへ旅立つように命じられたことを、アブー・バクル師(平安を)に伝えるのである。このことについて、アイシャさま(平安を)は、語っている。「或る昼間、家で座っていると、誰それが、父アブー・バクルに、『ここにいる方は預言者さまです。』と言った。その方は、頭から顔までかぶり物で覆っていたのだが、この時間に被り物をしてこの家を訪ねたことなどなかったのである。父アブー・バクルは、『急ぎの用事があってここに来たれたに違いない。私の両親を犠牲にしてでもお力添えしましょう。』と言った。預言者さまSAWと言われる人物は、家の中に招き入れられたが、家に入るやアブー・バクル師に、『人払いをお願いします。』と言った。それを聞いて父アブー・バクルは、『知らぬ人たちではなく、皆あなたの兄弟たちばかりです。御使いよ、父親を犠牲にもしましょう。何なりと言いつけて下さい。』と言った。預言者さまSAWが、『マッカを離れるようにと、アッラーからの命令がありました。』と言うと、アブー・バクル師は、『父親をさておいてでも、私がお供することとしましょう。』と言った。アイシャ(平安を)は、父アブー・バクルがその時、喜びで涙があふれ出る程に幸せそうだったことを思い出し、父アブー・バクルのその姿を見るまでは、喜びの余りにそれ程までに涙を流す人を、これまでは見たことがなかったと語っている。」

信者たちよ、アッラーを愛することは、天国に導かれ、預言者さまSAWや教友たちと天国で一緒になる特権を獲得する為の備えである。アナス・ビン・マリク師は述べている。「預言者さまSAWに或る男が、『最後の時とはいつの事ですか。』と言うので、預言者さまSAWは、『最後の時の為に、あなたはどんな備えをしていますか。』と尋ねた。『備えと言えば、アッラーと預言者さまSAWを愛することです。』と男が言い、『あなたが愛する者と共にいられるでしょう。』との答えがあった。」 アナス師は述べている。「イスラームを受け入れた後、アッラーの御使いの言葉以上に、我々を喜ばせるものは他にはありはしない。」 更に、アナス師は、「私は、アッラー、そして、アッラーの御使い、アブー・バクル師、ウマール師を愛します。自分は、これらの人々のようには振舞えないにしても、彼らと共にありたいものだ。」と述べている。預言者さまSAWへの愛の証として、教友の一人が述べている。「預言者さまSAWがマディナに到着された日、周囲のあらゆるものが輝いた。そして、預言者さまSAWの葬儀の後、手についた土をすぐには払わなかった。やがて、我々の気持ちに変化が起こるのを感じた。」

何かに従おうとするならば、アッラーに従い、アッラーの御使いSAWのスンナをお手本に行動しなさい。そして、信仰心と教えから離れるではない。そして、預言者さまSAWへの祝福を願い、その方の教えに従って子供を育て、その方の高潔さを思い、預言者さまSAWの慣行に従いなさい。それが現世と来世で成功を得る為の道である。至高のアッラーは、クルアーン・高壁章において述べておられる。

「・・・それで、使徒を信じる者は、使徒を尊敬し、使徒を助け、使徒と共に下された御光(イスラーム)に従う。これらの人々こそは、成功する者たちである。」(7章 157節)

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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