祈願が受け入れられる要件とは(2016年11月11日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年11月11日)

―― 祈願が受け入れられる要件とは ―――

あらゆる賞賛は、賞賛に相応しい御方アッラーのもの。崇拝の対象として、アッラーではない何ものも存在せず、アッラーには共同者はいないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーの使徒であることを証言する。

アッラーは、クルアーン・集合章において述べておられる。

「お前たち信仰する者よ、アッラーを畏れなさい。明日の為に何をしたか、それぞれ考えなさい。そして、アッラーを畏れなさい。誠、アッラーは、お前たちの行うことを凡て御存知であられる。」(59章 18節)

アッラーがおられることを常に意識し、アッラーのお陰で日々があることを忘れないようにしたいものである。

信者たちよ、最も高潔であられるアッラーは、しもべである我々人間に、礼拝し、祈願をするように命じておられる。祈願とは、アッラーにじかに嘆願することであり、アッラーにお近づきになるということである。創造物の全ては、弱く、アッラーからの糧の供給を常に必要としているのである。謙虚にアッラーの御力を求める者は、成功し、高い位階を得る者である。アッラーは、良い時にも悪い時にも助けを求める創造物にとっては、完全で永遠な、頼りになる存在であられる。アッラーは、クルアーン・家畜章において述べておられる。

「それで、お前たちの主は、仰せられる。『われに祈れ。われはお前たちに応えるであろう。・・・』」(40章 60節)

祈願は、礼拝の基本的な一部である。祈願は、創造物が不足の状態にあることを御存知の創造主に対する、創造物の心からの願いであり、願いを聞き入れて下されるアッラーの恩恵を、固く信じて行われるものある。預言者ムハムマドSAWは、「祈願することとは、礼拝することである。」と述べておられる。全能のアッラーにとって、創造物が、素直に祈願する以上に喜ばしいことはないのである。それについて、預言者ムハムマドSAWは、「祈願以上に、アッラーにとって喜ばしいものはない。」と断言しておられる。アッラーを思い礼拝することは、祈願を受け入れて頂く為の確かな作法である。良い時にも悪い時にも、至高のアッラーを頼り、アッラーの御側にあるべきものであり、そうすれば、アッラーは、我々を成功へと導かれ、報いられるのである。アッラーの御使いSAWは、「困った時に祈願し、その祈願をアッラーに受け入れて頂きたいと思う者は、良い時にも礼拝し祈願すべきである。」と述べておられる。また、祈願の受け入れは、しもべの祈願に応え、必要を満たされるアッラーの限りのない権能について、しもべが堅く心から信じることに係わっているのである。それについて、預言者さまSAWは、「アッラーは御応え下さると確信し、祈願しなさい。」と述べておられる。心から祈願することは、心配を和らげ、安心をもたらす要因の一つでもある。預言者さまSAWは、「空腹に見舞われ、アッラーに向かって振り向く者には、直ぐなのか、少し後なのかは兎も角、アッラーは糧を御用意下されている。」とも述べられた。心から、謙虚な気持ちで祈願すれば、御応え頂けるということである。また、預言者さまSAWは、「しっかりしていない気持ちから発せられる祈願には、神は応えられないことを知りなさい。」と述べられた。至高のアッラーは、御自身の偉大さと、大権に対し、それにふさわしいだけの畏れをもって祈願をした預言者たちを褒め称え、クルアーン・預言者章において次のように述べておられる。

「・・・彼は互いに競って善行に勤しみ、また、希望と畏れをもって、われに祈っていた。われに対し(常に)謙虚であった。」(21章 90節)

信者たちよ、祈願が受け入れられる要因の一つは、アッラーに本来備わった属性が示す価値に従い、至高のアッラーを讃え、預言者ムハムマドSAWを讃えることによって始めることにある。ウマル・ビン・ハッタブ師(平安を)は、預言者さまSAWの祝福を祈願するまでは、祈願というものは昇って行くことなく、天上と地上の間に留まっているものであると述べられたという。飲食物、衣類その他生活に必要なもののハラールを求めることは、祈願が受け入れられるもう一つの要因である。これに関し、預言者ムハムマドSAWは、述べておられる。「全能のアッラーは、素晴らしい存在であられ、適正なものだけを受け入れられる。それ故、遠くから旅をしてきた或る者を例に挙げるなら、その者のひげは伸び放題で不潔であり、手の平を上にかざし、『主よ。主よ。』と祈願するが、その者の食べ物も飲み物はハラームであり、衣類もハラームであり、即ち、ハラームの状態で生きているということである。それであるから、どうして、その者の祈願が応えられるものか。」

祈願に関して、更に述べるならば、側にはいないムスリムの友の為に祈願することは、ムスリム同士の心からの愛の現われであると言える。預言者ムハムマドSAWは、「ムスリムの兄弟が不在のところで、その兄弟の為に祈願するなら、受け入れられる。天使が、『必ずや、同じくあなたにも加護が下されるだろう。』と告げるであろう程に、ムスリム兄弟が不在のところでなされるその兄弟への祈願は信仰篤いしもべの行いなのである。」と述べておられる。継続的に祈願することは、高潔なアッラーによる受け入れへと導く。アブドゥラー・ビン・マスウード師(平安を)は、預言者ムハムマドSAWが祈願し、アッラーに求める時には三度繰り返していたものであると述べている。

信者たちよ、祈願に対する応答は、祈願する者がすぐにも答えを期待しても、遅れることがある。預言者ムハムマドSAWは、「あなたたちの祈りは、『祈願したがなにも効果がない。私の祈願は受け入れられなかった。』などといって、性急に良い結果を求めないかぎり、必ず受け入れられるであろう。」と述べておられる。至高のアッラーは、アッラーだけが御存知の理由により、御応えをオ遅らせるであろう。アビ・サアド・アル・フダリ師によれば、預言者ムハムマドSAWは、「悪事や血縁の関係を断ち切ることに巻き込まれないことを、アッラーに祈願しないムスリムにも、アッラーは、次の三つのどれかを御用意しておられる。祈願をすぐに叶えて下さること、祈願を来世まで保留にして下されること、祈願と同量の悪事を差し引いてくれること。また、更に祈願を重ねるならば、アッラーは、もっと何かを御用意下されるであろう。」

いつでも祈願し、そして、祈願を重ねようではないか。アッラーは、祈願の全てを受け入れて下されるに違いないのであるから。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、正しく、沢山の祈願を行うことが出来る者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、貴方さまの御悦びの為だけに何事をも行えるように御導き下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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