ムスリム相互間の正しい行い(2016年9月30日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年9月30日)

―― ムスリム相互間の正しい行い ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ、アブー・フライラ師(平安を)は伝えている 。「アッラーの御使いSAWは、『ムスリムが他のムスリムに対して行うべき正しい事柄には六つある。」と申された。すると、『アッラーのみ使いよ、それは何ですか。』と言う声があった。すると、御使いSAWは、『誰か他のムスリムに会った時は、挨拶をすること。ムスリムより食事に招待されたらそれを受けること。ムスリムの誰かが助言を求めたらそれに応えてあげること。ムスリムの誰かがくしゃみをして、『アルハムドリッラー』と唱えたら、『ヤルハムカ・アッラー』と祈願してさし上げること。ムスリムの誰かが病気になった時は、見舞うこと。そして、ムスリムが亡くなったら葬儀に参列することである。』と申された。」 このハディースは、ムスリム相互間の正しい行いについて述べたものである。

第1番目の正しい行為とは、アッサラームアライクム(「あなたに平安を」というムスリムの挨拶言葉)を言うことである。挨拶し、挨拶を返すことが広まれば、お互いの間の安心感が増すであろう。実際に、挨拶言葉アッサラームアライクムを言う時には、相手の平穏を願っているのである。アッラーは、挨拶に対しては、きちんとした挨拶で応えなさいと教えておられる。アッラーは、クルアーン・婦人章において述べておられる。

「お前たちは、挨拶された時には、更に丁重な挨拶をするか、もしくは、同等の挨拶を返しなさい。誠、アッラーは、凡てのことを清算なされる。」(4章 86節)

私たちの導き手であられるムハムマドSAWは、挨拶は人々の間に愛と仲間としての意識を養う良い行いであると解説しておられる。或る者が、「イスラームでは、いかなる行為が良い行いであると言えるのですか。」と預言者さまSAWに尋ねた。預言者さまSAWは、「貧しい者に恵むことと、知っている人にも知らない人にも挨拶をすることです。」と答えられた。

第2番目の正しい行為とは、仲間の絆を確かなものにする為に、吉事、凶事に関わらず人から招待されたら、それに応じるということである。招待に応じることによる利点は、集団の中での仲間としての友好が深まることにある。預言者さまSAWは、「誰かが催し物に招待したいというなら、招待を受けなさい。」と述べておられる。預言者さまSAWは、粗末な食事の招待でも応えられ、ささやかな物の贈り物でも受け取られたそうである。そこには、上下や貧富について差別することなく迷わずに、招待を受け、また、贈り物は受け取りなさいとの教えがある。更には、結婚の催し物に招待されたなら主催者の喜びの為に招待を受けるべきであり、預言者さまSAWは、「結婚の催し物に招待された者は誰でも、応じるがよい。」と教えておられる。

第3番目の正しい行為とは、誰でも、相談を持ちかけられたら聞いてあげなさいということである。ムスリムが他の、ムスリムに助言を求めることは良いことであり、預言者さまSAWは、「助言を求められたら、対応して上げなさい。」と述べておられる。誠に、助言を申し出ることは、その集団の人々を仲良くするのに役立ち、善い行いをしようとして良い指導者を招くようなものである。ムスリムの集まりとは、助言と教えの為のものであると言える。預言者さまSAWは、「イスラームとは、親身になって教えることである。」と述べておられる。

第4番目の正しい行為とは、誰かがくしゃみをしたら、タシミット、即ち、『ヤルハムカ・アッラー(あなたにアッラーの慈悲を)』の声を掛けることである。それは、常々祈りの言葉を述べる人々の間で心を通い合わせる方法の一つである。誰かがくしゃみをして、アッラーを讃える言葉『アルハムドリッラー』を言ったならば、それを聞いた誰であれ、その人にアッラーの慈悲があるようにと願うのである。タシミット『ヤルハムカ・アッラー』を唱えることで、その人の為の祈願をするということである。タシミットを唱えることは、個人同士が気にかけ合い愛し合うことを助長する。預言者さまSAWが、「くしゃみをし、その人がアッラーを讃えるのに対して、周囲の人々がその人に慈悲があるように願うのである。」と述べられた。それを唱えない場合でも、正しくない訳ではないが、唱えるのはとても良いことである。

第5番目の正しい行為とは、誰かが病気になったら、家にいるのか病院にいるのかに係わりなく見舞うということである。これは、大きな報酬が伴う行為である。見舞いを受けた病人は、この上ない喜びを感じるものである。そのことについて、アブー・フライラ師(平安を)は、アッラーの使徒SAWが次のように語ったと伝えている。「復活の日にアッラーは、次のように言うでしょう。『アダムの息子よ、われが病気になったのにそなたはなぜわれを見舞わなかったのか?』 そこで彼は、『主よ、どうやって私は、あなたさまを見舞えましょうか?あなたさまは、この万物世界の主であらせられるというのに。』と言った。するとアッラーは次のように言います。『そなたは、われのしもべである誰其が病気であったことを知りながら彼を見舞いませんでしたね。そなたは、その時、彼を見舞っていれば、彼のもとでわれを見付けられたということを知りませんでしたか?」

第6番目の正しい行為とは、葬儀に参加することである。アッラーの教えに従い、イスラームでは個人の間の良い関係を築くことが大事である。それは、生きている間の交流だけではなく、死後にも言えることである。葬儀に参加し、死者の為の礼拝に参加し、死者を墓地まで送り届け埋葬に力を貸し、死者の生前の過ちについてアッラーに御赦しを請い、生前の良い行いを受け入れて下されるように祈るということである。こうした行為が、地域の人々の兄弟愛、友好を深めるものである。預言者さまSAWは、「誰かが亡くなったなら、葬儀に加わりなさい。」と教えられた。そして、葬儀に加わった者は、大きな報酬を得ると約束なされた。それについて、預言者さまSAWは、「死者の為の礼拝を終えるまで死者の側にいた者は、立派な宝石ほどの報酬を授けられ、埋葬まで側にいた者は、その倍の報酬を授けられるだろう。その倍というのは、山のような報酬ということである。」と述べられた。その一方で、死者も大きな報酬を得るのである。イブン・アッバース師(平安を)は、「預言者さまSAWが、『ムスリムが亡くなり、アッラー以外に神を認めぬ者達40人が、亡きムスリムの為に礼拝を捧げれば、必ずや、アッラーは、その者に対するその執り成しを受け入れて下される。』と申されるのを聞いたことがある。」と伝えている。葬儀に参加するならば、全能のアッラーからの報酬は、死者に対しても、生きて参加する者にもある。また、亡くなった者の家族を慰めるという点でも、葬儀への参加、参列は大事なことなのである。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、ムスリムの誰に対しても正しい行いを通して接する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に活力と喜びを、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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