時間を大切にしようではないか(2016年8月5日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年8月5日)
―― 時間を大切にしようではないか ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ、人々が生きていいる中で、起こる現実と起こるだろうことの連続したもの、それが時間というものである。そして、時間の使い方は、各自がアッラーからの評価と報酬とを得る為に直接係わるものである。
アッラーは、クルアーン・地震章おいて述べておられる。
「一微塵の重さでも、善を行った者はそれを見る。」(99章 7節)
誠に、人それぞれの価値というものは、その者が現世に生まれてから死ぬまでに行った良い行いの中にこそ存在する。時間がいかに重要であるかということを、全能のアッラーは、クルアーン・暁章、朝章及び夜章において時間に係わる事象をもって誓っておられる。
「暁において、」「10夜において、」(89章 1–2節)
「朝(の輝き)において、」「静寂な夜において(誓う)。」(93章 1–2節)
「覆われた夜において、」「輝く昼において、」(92章 1–2節)
加えて、至高のアッラーは、クルアーン・割れる章、時間章及び包まる者章において述べておられる。
「それ故、夕映えに誓おうではないか。」「夜と、それに帰り集うものにおいて、」(84章 16–17節)
「時間にかけて(誓う)。」(103章 1節)
「退こうとする、夜にかけて、」「また、輝こうとする、暁にかけて(誓う)。」(74章 33—34節)

信者たちよ、時間というものは、人々の人生にあって、最も慈悲深さに溢れる事柄の一つである。
至高のアッラーは、クルアーン・夜の旅章において述べておられる。
「われは夜と昼の2つの印を設け、夜の印を暗くした。だが、昼の印は明るくして、お前たちに主の恩恵を祈らせ、また、年数を知り、(暦を)計算させる。われは、凡てのことを詳細に説き明かした。」(17章 12節)
時間は、アッラーからの賜りものの一つであるが、預言者ムハムンマドSAWは、時間の最善の生かし方について述べておられる。「五つの事柄の前には五つの事柄が存在する。それは、老いる前の若さ、病気に罹る前の健康、貧乏に落ちる前の富裕、多忙になる前の時間の余裕、死の前の生きているということ。」 更に、預言者ムハムンマドSAWは、教友たち(平安を)に、基本的なこれら五つの事柄を生かすようにと、教えられた。「それらは、自分の役に立つように情熱を傾けるに値する事柄であるから、主に助けをお願いしなさい。その思いが弱いものであってはならない。」 それで、教友たち(平安を)は、ことある毎に、時間を生かすことに努めた。それらは、人の道の模範となった。教友たち(平安を)は、地上のあらゆる場所に、イスラームという明かりの種火をつけて回った。そうした教友たち(平安を)の努力の結果として、イスラームは広く遠くへと広まっていった。教友たち(平安を)は、無駄なことに時間を浪費することはなかったということである。預言者ムハムンマドSAWは、「人々が簡単に失い兼ねない二つの賜り物がある。それは、善行を行う為の健康と時間の余裕とである。」と述べて、教友たち(平安を)に無駄に浪費する時間のないことを警鐘された。別の言い方をすれば、健康と時間の余裕は、善行を積むことが出来る良い機会であり、その機会を生かし御利益を得ようとしない者は、完全な失敗者となるであろうということである。

信者たちよ、人が創造主の御心に従う為に、自らが時間を使う事が出来るというのは、至高のアッラーが与えて下される恩恵の賜物である。各自が良い行いを重ね、そこから利益が生み出されるというのも、アッラーからの恩恵である。新しい日が始まる時、その日の夜明けは、言うのである。「私は、新たな一日である。今日のあなたの行いを見届ける。今日というこの日は、終末の日まであなたのところに戻ることはない。」 それ故、各自、自分自身の時間を持っていることの価値に気付いて、自分が自由に出来る時間というものに注意を払いなさいということであえる。また、各自は、良い行い以外のことに、時間を浪費するべきではないということである。信仰心篤い者は、やれることや、あって欲しいと思うことが少ないものだから気になってしまい、それ故、良いことの機会を逃すまいと待ち構える。ところで、人生とは三種類の日からなる。昨日という日は、そこにあったものと共に過ぎ去ってしまう。明日という日は、その日のことを知るのは困難である。それに対して、今日という日は、全部自分のものであり、良いことに費やすことが出来るというものである。

イスラームでは、人々に時間を活用するように勧めているものの、有意義な休養娯楽に時間を割くことに反対するものではない。ムスリムは、夜に昼に自分の時間をどう役立てるかを、自分で自由に計画出来るのである。しかし、当然のこととして、時間の割り振りや予定、仕事の時間を重視しなければならない。それで、自分にとっても他人にとっても、時間が価値ある存在であることを正しく認識しなければならない。計画性なく時間を過ごそうとするのはよくないことである。それ故、自分と家族、そして来世の為に、何をするかを考えるべきである。それで、ムスリムに求められるものは、良い行いの為に十分な時間を確保することである。結局、成功するムスリムは、アッラーに御近づきになる為に、日々の時間を役立て、アッラーの御導きに従う者である。神の恩恵に希望を抱き、心を込めて良い行いをなすことが、結果として、素晴らしい天国を授けられ、地獄での責め苦に遭わないように護られるということとなる。

信者たちよ、人生のあらゆる場面で、有効に生かせる時間を持つことが大切であることに気付こうではないか。各自が時間を有効に使うか、間違って使うか、時間は、それについての証人である。時間を浪費する者は、自分の位階を上げ、自分自身がより良くなる機会を失う。イスラームでは、時間を活かし、そこから利益を得ることを求められており、その一番のものは礼拝その他の崇拝行為に時間を費やすことである。
至高のアッラーは、クルアーン・婦人章において述べておられる。
「・・・誠、礼拝には、信者に対し定められた時刻の掟がある。」(4章 103節)
持ち合わせる時間に余裕がある若い内に、時間を活かすというのは大事なことである。歳をとるに連れて、時間を有効に生かすのが困難になるものである。時間を生かすことが出来る内に、時間を有効に使おうではないか。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブーバクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、時間を無駄使いせず、良い行いの為に時間を生かすことが出来る者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。
アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、日々の生活が円滑で快活であり、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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