敬虔でありなさい(2016年7月22日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年7月22日)
―― 敬虔でありなさい ――

あらゆる賞賛は、賞賛を受けるに相応しい御方であられるアッラーのもの。アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。また、ムハムマドは、アッラーのしもべであり、使徒であることを証言する。

信者たちよ、常に、神に思いを寄せ畏れ、神の教えに従いながら人生を歩むことを我々皆が心掛けようではないか。アッラーは、クルアーン・イムラーン家章において述べておられる。
「お前たち信仰する者よ、十分な畏敬の念をもってアッラーを畏れなさい。お前たちは、敬虔なムスリムにならずに死んではならない。」(3章 102節)

信者たちよ、敬虔さは、信仰行為を行う上で不可欠のものであり、それがなければムスリムとして十分とはいえない。敬虔さは、従順であることの核心的な要素であり、信仰行為のあらゆる行いの下地になるものである。その一方で、従順であることは、誠実であることなしにはあり得ない。そして、従順というこの尊いものを通してのみムスリムは、信仰の高みに達することができる。この核心である従順さが、至高のアッラーへの純粋な献身の心となるものである。みだらであること、傲慢、偽善、尊大、自己本位、世間体といったものを避けて、あえて善行を行おうとする源泉は従順というものがある。アッラーは、クルアーン・明証章において述べておられる。
「彼らが命じられたことは、ひたすらアッラーに仕え、信心の誠を尽くし、純真な心で服従帰依して、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をしなさいということだけであった。これこそ、真理の教えである。」(98章 5節)
誠に、誠実さは、アッラーから御使いSAWに啓示を下される際の礎石のようなものである。
慈悲深いアッラーは、クルアーン・集団章において述べておられる。
「誠、われは真理によって、あなた(ムハムンマド)にこの啓典を下した。それで、アッラーに仕え、信心の誠を尽くしなさい。」「信心の誠を尽くして仕えるのは、アッラーに対し当然ではないか。・・・」(39章 2–3節)
御使いたち(平安を)の心と、教えの言葉は、創造主への信心と忠実さが表れたものである。
至高のアッラーは、預言者イブラヒーム(平安を)について、クルアーン・家畜章において述べておられる。
「『私(イブラーヒーム)は、天と地を創られた御方に、自分の顔を向けて、純正に信仰します。私は、多神教徒の仲間ではありません。』(と言った。)」(6章 79節)
慈悲深いアッラーは、預言者たち(平安を)の心と行いが正しく健全であり、誠実であると認めておられる。
アッラーは、クルアーン・サード章において述べておられる。
「また、わがしもべのイブラーヒームとイスハークとヤアコーブを思い起しなさい。彼らは、偉力を持ち、洞察力があった。」「われは、彼らが(永遠の来世の)住処のことを念じているという純粋さにより、彼らを清めてやった。」「誠に、彼らは、わが目にも選ばれた優れた者であった。」(38章 45–47節)
イブラーヒームとイスハークとヤアコーブは、アッラーを信じ、敬虔に信仰行為を行う者たちであった。至高のアッラーに従うことこそ、ムスリムとして悪魔に対抗する手立てである。なにせ、悪魔は、人々を誤った道に引きずり込むことを、自分自身とアッラーに誓ったのであるから。誠実さと敬虔さという丈夫な鎧兜で守ろうとする者たちを、悪魔は、そうはさせないと努める。アッラーは、クルアーン・サード章において述べておられる。
「彼(イブリース)は、申しあげた。『主よ、彼らが呼び起こされる日(終末の日)まで、猶予を願います。』」「主は、仰せられた。『お前を猶予しよう。」「定められた日時まで。』」「彼は、申し上げた。『それでは、あなたさまの御威光にかけて誓います。私は、彼ら(人間)の凡ての者を誘惑します。」「彼らの中の、あなたさまの謙虚なしもべを除いては。』」(38章 79–83節)

信者たちよ、人生のあらゆる場面において、ムスリムたちは、自分自身が忠実であることと、最も慈悲深いアッラーに従うことを忘れないことが大事である。それは、ムスリムたち各自の為であり、各々は、他人からの賞賛や中傷に乗せられることのないようにするがよかろう。ムスリムは、密かにないし人前で、アッラーの故に行動するべきであり、ムスリムは、例えどんなに良いことを行うにしても、控えめであることを心掛けるべきである。自己顕示というものが、誠実さにとって似つかわしくないものだからである。ムスリムはむしろ、アッラーからの報酬の為に努力すべきである。聖典クルアーンは、自己顕示や見栄を張るのに心を動かすことなく、善行を人目を避けて密かに行うようにと勧めている。アッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。
「お前たちは、施しをあらわにしても結構だが、人目を避けて貧者に与えれば更に良い。それは、お前たちの悪事の一部を払い除き清めるであろう。アッラーは、お前たちの行うことを熟知しておられる。」(2章 271節)
これについて、我々のお手本であるムハムマドSAWは、アッラーの教えに従って善行を密かに行うならば、報酬を与えられるであろうと教えている。そうした善行は、審判の日には、自分の為の味方となるに違いない。心からアッラーの故に行動し、アッラーが与えて下さる以外の日陰というものが存在しない終末の日の熱射、それから身を護って頂けるという七種類の人について、預言者ムハムマドSAWは、述べている。「アッラーが与えて下さる以外の日陰というものが存在しない終末の日の熱射、それから守って頂ける七種類の人とは、公正な統治者、アッラーへの信仰行為で育った若者、心がマスジドに帰属している者、尊敬し合っている二人で、アッラーの故に一緒にもなり別れもする二人、美女が巧妙に不義の誘惑をしても、『アッラーを畏れます。』と言って誘惑に乗らない男、左手が与えたものを右手が気づかない程に密かに喜捨を施す者、心に秘めてアッラーを思い、涙を流す者たちである。」 預言者さまSAWの教友たちは、偽善、見栄、自己愛、名声を避けて密かに行動するような人たちであった。彼らは、至高のアッラーだけを信仰の対象とし、率直で誠実であった。アビ・バクル師(平安を)が、或る老婆の生計を賄っていたのであるが、オマル・ビン・ハッタブ師(平安を)が、アビ・バクル師(平安を)に学びたいことがあり教えてもらったことがあり、それまでは、老婆とのことを知る者がなかったが、オマル師(平安を)は、アビ師(平安を)が、老婆と頻繁に話をする場面に出会い、そのことを知るに至ったという。

信者たちよ、アッラーだけを信心することは、誠実さを持続してこそできることであり、現世と来世の成功を得る鍵である。ムハムマドSAWは、「信仰に心を捧げる者、心を健全に保つ者、言うことが真実である者、心が穏やかである者、性格が真直ぐな者は、成功を勝ち取る者である。」と述べておられる。公正さは、誠実であろうと心掛けることの結果であり、それが故に人は正しく導かれる。公正であることは、ムスリムが良い意図を持つことの結果である。良い意図は、次に行う行為に先んじているものであり、自分にとっての報酬の源になるのである。アッラーは、我々に意図して預言者さまSAWを祝福するように命じておられる。
アッラーは、クルアーン・部族連合章において述べておられる。
「誠に、アッラーと天使たちは、聖預言者を祝福する。信仰する者たちよ、お前たちは、預言者を祝福し、(最大の)敬意を払って挨拶しなさい。」(33章 56節)
預言者さまSAWは、「私を祝福する者は、アッラーからその十倍の祝福を受け取るだろう。」と述べておられる。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、敬虔なムスリムであるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。
アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。
アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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