聖ラマダーン月を有意義に過ごしなさい(2016年6月10日)

大塚マスジド 金曜日礼拝ホトバ 要約 (2016年6月10日)

―― 聖ラマダーン月を有意義に過ごしなさい ――

アッラーでなくして、人々が崇拝するものは存在せず、アッラーには共同者はないことを証言する。称賛は、人間への導きとして聖クルアーンを下されたアッラーのもの。聖クルアーンには、正悪の区分を明かす明確な導きがある。それ故、すらすらと読誦し、理解することが出来るようになるまで親しみなさい。また、ムハムマドSAWは、アッラーの最後の預言者であり、最後の御使いであることを証言する。預言者ムハムマドSAWは、述べられた。「クルアーンを読誦しなさい。審判の日には、クルアーンは、読誦した者に立ち会って弁護をしてくれる。」

信者たちよ、何をおいても、アッラーを畏れなさい。

アッラーは、クルアーン・イムラーン家章において述べておられる。

「お前たち信仰する者よ、十分な畏敬の念をもってアッラーを畏れなさい。お前たちは、ムスリムでなくして死んではならない。」(3章 102節)

信者たちよ、我々は今、聖ラマダーン月の真っただ中ある。ラマダーン月は、我々にとっての大切な来客のようなものであり、アッラーは、この偉大な月によって我々に御恵みを加増なされる。アッラーは、信者たちが崇拝行為を沢山行い、善行を沢山積むことによって、御自分に近づく機会としてこの月を設けられた。また、アッラーは、我々の位階を高め、我々に大きな報酬を授ける為にこの月を設けられた。アッラーの御使いSAWは、「聖月ラマダーン月が訪れている。アッラーは、この月の昼間断食斎戒しなさいと命じておられる。ラマダーン月が来ると天国の扉という扉は開かれる。一方、火獄の扉は閉じられ、扉には錠前が下ろされる。そして、悪魔たちはしっかりと鎖でつながれてしまう。」と述べられた。この月の中に千月にも勝る一夜をアッラーは、御用意なされている。その夜には、良いことを仕損じることがないようにしたいものである。

信者たちよ、断食斎戒は、種々の崇拝行為の中の一つである。それは、むしろ最良の崇拝行為であり、アッラーのお側に近づく手立てである。断食斎戒は、犯した悪事を消滅する程に大事な崇拝行為である。アッラーの御使いSAWは、述べられた。「ラマダーン月に、アッラーからの報酬を疑わずに断食斎戒する信仰篤い者は皆、これまで犯した悪事を赦される。」 また、アッラーの御使いSAWは、述べられた。「至高のアッラーは、『断食を除き、人間の行為の一つ一つは、その者の為である。その一方で、断食はわが為にある。故に、われは、それに対して報酬を与えるであろう』と申された。」

信者たちよ、この月が聖月であることの一つとして、アッラーがこの月の一夜を選ばれ、聖典クルアーンを下されたことが上げられる。アッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。

「ラマダーン月こそは、人類の導きとして、また、導きと(正邪の)区別や判別を明かすものとして、クルアーンが下された月である。・・・」(2章 185節)

この月に、聖典クルアーンを下されることでアッラーは、人々に正しい教えを与えられた。沢山の学び、魂を呼び覚まし活気を保ちつつ、あらゆる事柄に注意を払うことの大切さについての教えと導きが、そこには揃っている。断食斎戒と聖典クルアーンとについては、それが特別な事柄であるとしてアッラーによって語られている。即ち、アッラーが語られる特別な事柄とは、ヒダヤ(導き)とタクワ(敬虔さ)とである。

聖典クルアーンについてアッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。

「それこそは、疑いの余地のない啓典である。その中には、主を畏れる者たちへの導きがある。」(2章 2節)

そして、断食斎戒についてアッラーは、クルアーン・雌牛章において述べておられる。

「信仰する者よ、お前たち以前の者に定められたように、お前たちにも断食斎戒が定められた。きっと、お前たちは、主を畏れるであろう。」(2章 183節)

断食斎戒と聖典クルアーンとは、敬虔の念を身に着けることを確実にする為のものである。断食斎戒を行うことと聖典クルアーンを読誦することとは共に良い行いであるが、それらは、審判の日にアッラーのしもべの為に弁護をしてくれる。断食斎戒は、主よ、私は昼間その者に飲食し娯楽を楽しむことを禁じたので、彼を弁護することを御許可下さいと言うであろう。また、聖典クルアーンは、夜半その者が眠ることを禁じたので、彼を弁護することを御許可下さいと言うであろう。即ち、両者は弁護を申し立てるのである。

断食斎戒と聖典クルアーンとの良い係わりとは何なのか。それは、断食斎戒は、魂の浄化、心の活性化、思慮深さを身に着けること、そうしたことへと導く源泉である。一方で、聖典クルアーンの読誦者というものは、敬虔さを身に着けており、無量の賢明さを獲得していることが必要である。断食斎戒を行いながら、思慮深いとはどういうことであるかの意味を理解することとなるのである。

アッラーは、クルアーン・サード章において述べておられる。

「われがお前たちに下した啓典は、祝福に満ち、その印を沈思黙考するためのものであり、また思慮ある者たちへの訓戒である。」(38章 29節)

信者たちよ、また、アッラーは、聖典クルアーンを記憶し、その教えに従うように命じておられる。記憶し理解し、その教えに従う為には、それを慎重に熱心に読誦しなければならないのである。

アッラーは、クルアーン・衣を纏う者章において次のように述べておられる。

「あるいは、もっと(礼拝に立て)。そして、ゆっくりと慎重に、クルアーンを読め。」(73章 4節)

ラマダーン月は、聖典クルアーンの月であると言える。敬虔な年配者は、その意味を理解しなさい。この月の間中、聖典クルアーンを沢山読誦することは大切なことである。敬虔な年配者は、ラマダーン月毎に、何度も全部を読誦してきたことであろう。

信者たちよ、アッラーを畏れなさい。アッラーに御会いする時(審判の日)の為に、しっかりした信仰心で自分の行いを正しなさい。ラマダーン月の夜に行う礼拝は、預言者さまSAWが約束なされるように、成功の為の偉大な報酬に違いない。預言者さまSAWは、「ラマダーン月に、アッラーからの報酬を期待し、信じて夜の礼拝を行う者は皆、これまでに犯した悪事を赦される。」と述べられた。ラマダーン月の夜に行う礼拝とは、マスジドで行われるタラウィーの礼拝のことである。そして、信者たちがアッラーに御近づきになる為の最良の崇拝行為とは、夜半の任意の礼拝である。ラマダーン月は、夜を徹して崇拝行為を行う良い機会である。断食斎戒によって、夜半の礼拝によってアッラーを讃えて、この良い機会を生かそうではないか。アッラーよ、私たちを祝福下さい。犯したあらゆる悪事を御赦し下さい。私を、あなたさまが御悦びになられる人々の一人にして下さい。

預言者ムハムマド、教友とその一家に祝福と平安がありますように。そして、正当なカリフ、アブー・バクル師、ウマール師、ウスマーン師、アリー師と、正しい道に従う者たちに、祝福と平安がありますように。

アッラーよ、聖ラマダーン月の徳を生かすことが出来る者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを称讃し、あなたさまに感謝する者であるように御導き下さい。

アッラーよ、あなたさまを愛し、預言者さまSAW を愛する者であるように、御導き下さい。

アッラーよ、預言者ムハムマドSAW に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。

アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。

アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。

アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。

アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。

アッラーよ、日々の生活に安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ホトバ要約.

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