預言者ムハムマド(祝福と平安を)への愛について

2013年1月18日

大塚マスジド金曜日礼拝ホトバ要約(2013月1月18日)

称賛と感謝は、まぎれもなくアッラーのもの。至高のアッラーが、愛する預言者さま、近親たち、教友たちの位階を上げて、邪悪なものからその集団をお守りくださいますように。

アッラーよ、預言者さま(祝福と平安を)に対する我々の愛を高め、楽園の高い位階の場所で預言者さま(祝福と平安を)と交わることが適うように、畏れながらお願い申し上げます。

日本語

信者たちよ、本日のホトバは、我々のお手本で最愛の指導者ムハムマド(祝福と平安を)に対する我々の心からの愛についてである。預言者さま(祝福と平安を)への愛については、次のハディースが伝わっているではないか。

「アナス・ビン・マーリクによると、アッラーのみ使いはこういわれた。
『あなた方誰もが、私をあなた方の子供、父親、あるいは全人類よりも大切な存在と考えるようにならない限り、イスラームの信仰者とはいえません。』」 

イスラーム学者によれば、愛には二種類のものがあるという。生来の愛と、意志に基づく愛とであり、預言者さま(祝福と平安を)に対する愛は、意志に基づく愛のことである。

敬虔な信仰心により預言者さま(祝福と平安を)を愛する者は、その者の愛が強かろうと弱かろうと、その愛の強さに関わらず、確かに預言者さま(祝福と平安を)を愛する者であるということである。信仰に無頓着で欲望のまま気ままに生きる者については、信仰の弱さの故に預言者さま(祝福と平安を)への愛から自分を隔ててしまっている。

だが、一度、預言者さま(祝福と平安を)への思いが募るならば、家族、子息、良心財産より何よりも預言者さま(祝福と平安を)への愛の方を優先しようとすることであろう。そうした時には、預言者さま(祝福と平安を)の故であれば、危険を顧みず、行いに対する邪魔立ては存在しなくなり、預言者さま(祝福と平安を)への愛は、心の奥に深くしみこみ衰えることはないのである。

こうしたアッラーの御使い(祝福と平安を)を愛することがいかなるものであるかに関しては次のハディースがある。

「ウマール・ビン・ハッタブ師(平安を)が預言者さま(祝福と平安を)に、
『御使いよ、自分自身を除いて誰よりもあなたさまを大事に思っています。』
と言ったところ、
『私の命を握っておられる御方に誓って、自分自身よりも私を大事に思うようになるまでは、あなたの信仰が十分であるとは言えません。』
との答えがあった。それで、ウマール師は、
『今、私はアッラーに誓って、私にとってあなたさまは、自分自身よりも大事です。』
と言った。預言者さま(祝福と平安を)は、
『ウマールよ、良かった。(敬虔なものの仲間入りをした。)』と言われた。」 

このような愛は、口先、見せかけ、行為の伴わない儀礼的なものではあり得ないのである。心の底から出て、行為が伴うものこそ真の愛である。

現世において、得難いものを手に入れることが出来る機会と、預言者さま(祝福と平安を)に会う機会とがあるとすれば、後者を選ぶべきである。更には、預言者さま(祝福と平安を)を愛するならば、それに付帯するものがあるのであるが、それはスンナとシャリアを受け入れることであり、それらをないがしろにするあらゆる事柄に対抗し、それらを守ることである。

また、預言者さま(祝福と平安を)がハラールとハラームとされたものについては、心から受け入れて従うということでなければならない。それらに従順に従うことと、それを守る為に奮闘努力することは、預言者さま(祝福と平安を)への誠の愛の印なのである。

信者たちよ、教友たちの預言者さま(祝福と平安を)への愛について如何なものであろうか。預言者さま(祝福と平安を)を囲んで指導を受ける教友たちの会合に、不信仰な集団の中の一人が紛れ込んだことがあるという。その者が自分の集団の許に戻ると、仲間たちから何を見聞きしたかを問われ次の様に答えたと言う。

「ローマの皇帝カエサルとペルシャの皇帝キスラについて、人民がこれら皇帝に注ぐ敬意と称賛については皆も知っての通りである。だが最も敬意と称賛を払われている人物があるとすれば、それはムハムマドであるのをこの目で見た。ムハムマドの教友たちは、喩え一羽の小鳥が頭に止まっても全く動ずることなく教えに聞き入っているという有様で、師の髪の毛が落ちれば、それからの恩恵に与りたいと、一本残らず拾い集めたものである。」

更に、預言者ムハムマド(祝福と平安を)を心から愛する人について語ろうではないか。クバイブ・イブン・アディイ師が、不信仰者たちに捕らえられ、処刑の為にハラム(現在の聖マスジド)に引っ張り出された時のことである。

クバイブ師の処刑を前に、不信仰者たちが、今お前がいる場所にムハムマドが居れば、お前は自由になるとは考えないのかと尋ねると、クバイブ師はアッラーの御使いへの愛に満ちた気持ちで、全能のアッラーに誓って、私の命の代わりに御使いの足に僅かな棘でも刺さることを望むことはあり得ないと答えたと言う。

預言者さま(祝福と平安を)について、次のような話も伝わっている。

『審判の日は一体何時来るのですか。』
と或る男が尋ねたのに対して、預言者さま(祝福と平安を)は、
『それが分かったとして、どんな備えをするのかね。』と質問された。
男は、「アッラーとアッラーの御使いの為に最後に抱く愛を除けば、日頃行っている以外の特別な事は何もありません。」
と答えた。
すると預言者さま(祝福と平安を)は、『それならば、審判の日には、あなたが愛する者(預言者さま)と共にあるでしょう。』と、答えられた。

アッラーは、クルアーン・悔悟章において次のように述べておられる。

「言ってやるがいい。『お前たちの父、子、兄弟、配偶者、近親、自分で手に入れた財産、失敗を心配しながらの商売、意に適った住居、そうしたものが、アッラー、使徒、アッラーの道の為の奮闘努力よりも、自分にとって大事であるならば、アッラーが審判を下されるまで待つがよかろう。アッラーは、掟に背いた民を導かれない。』」(9章 24節)

アッラーよ、私たちが何ものよりも、預言者ムハムマド(祝福と平安を)を愛する者であるように御導き下さい。
アッラーよ、預言者ムハムマド(祝福と平安を)に従い、イスラームの教えを守る者にして下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちの過ちを御赦し下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。 アミィーン

ダウンロード:マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ要約(2013年1月18日)

ホトバ要約.

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