ザカートを惜しみなく

2012年7月6日

スジド大塚金曜日礼拝ホトバ 要約 (2012月7月6日)
――ザカートを惜しみなく――

賞賛はアッラーのもの。アッラーは、我々に豊富な恵みを授けられ、合法的な手段によってその恵みを得るように教えられ、その恵みを合法的に使うようにと命じておられる。私は、アッラーの他に神は存在せず、アッラーには共同者は存在せず、我々に数え切れない親切と恵みを授けられる方であられることを証言する。

また、私は、ムハンマド(祝福と平安を)は、アッラーのしもべで御使いであることを証言する。ムハムマドとその一家、教友たち、終末の日まで彼らに従う者たちに祝福と平安がありますように。

信者たちよ、アッラーを畏れなさい。生活の糧としてアッラーがあなたたちに授けられる富について、それに係わる御命令に気を配りなさい。アッラーは、何等の助けもない、知識もないあなたたちをこの世に出現させられた。その後その御方は、あなたがたに生きる糧を授けられ、思いもよらない恩恵を授けられた。

信者たちよ、いつでもアッラーに感謝し続け、自分達の富の正しい扱いについてアッラーがどのように命じておられるか、それに留意しなさい。そして、アッラーが命じておられることに躊躇する事を避けなさい。なぜなら躊躇することは、自らを破滅へ招き、自分の富が持っているアッラーからの祝福を無に帰してしまうからである。

アッラーの良い命令として、イスラームの柱の第三番目に当たるザカート(喜捨)がある。その行いはサラート(礼拝)にも劣らない大事な行いであり、それを怠る者への警鐘をアッラーはクルアーンの中で度々述べておられる。

アッラーはクルアーン・イムラーン家章及び悔悟章おいて次のように述べておられる。

「アッラーの恩恵によって与えられたものを(ザカートとして)出すのを嫌う者に、自分にとってそれが有利だと思わせてはならない。いや、それは彼らにとっては有害である。彼らが出すのを嫌ったものが、復活の日には彼らの首にまとわりつくであろう。・・・」(3章 180節)

「・・・また、金や銀を貯め込んで、それをアッラーの道の為に施さない者もいる。彼らには痛ましい懲罰のことを告げてやれ。」「その日、それら(金や銀)は地獄の火で熱せられ、彼らの額や脇腹や背中に焼印となって押されることであろう。『これはお前たちが自分の魂の為に蓄えたものである。だから、お前たちが蓄えたものを味わえ。』」(9章 34–35節)

預言者さま(祝福と平安を)は、この章節に関連して次のように述べておられる。

「富の所有者で、それに係わるザカートを出し惜しんだ者について、復活の日、富が頭の禿げた大蛇に変わってその所有者を追い掛ける。そして、『これはお前が出し惜しんだ報いだ。』と声を掛けられる。彼は絶対に逃れられないと分ると、彼の手をその大蛇の口に押し込む。すると雄らくだがかみつくようにその手をかむのである。」

二番目の章節については次のハディースがある。

「アッラーのみ使いは、『金や銀の所有者で、その中より(ザカートの)義務を履行せぬ者は、復活の日、その者のために火の板が作られる。その板は地獄の業火で熱せられたもので、彼の脇、額、背に押し当てられる。そして、それは冷える度に熱せられ、一日が五万年の長さにも相当する日、アッラーの御裁きが下されるまで続けられる。』」

ザカートは、富に係わる 正当な行いである。金や銀は現世であるような火で熱せられるのでは無く、現世の火よりも99倍も熱い灼熱の中で熱せられる。熱せられると、ひどい懲らしめとして体の一か所だけに当てられるのではない。その熱せられた金、銀は、体の右にも左にも、表にも裏にも、下から上までのあらゆる箇所に押し付けられる。

信者たちよ、焼かれた金、銀により体に焼印が押されると、それの熱さが減らされることなく、もっともっと熱せられるのである。重たい金の腕輪とザカートに関しては次のハディースがある。

「女とその娘が預言者さま(祝福と平安を)の許へとやってきた。娘の腕には二つの重たい金の腕輪があった。預言者さま(祝福と平安を)は、『それについてはザカートを払ったかね。』と尋ねると、娘は、『いいえ。』と答えた。『アッラーがあなたの両腕のそれぞれに、火の腕輪をはめさせているのを嬉しく思うのかね。』と更に尋ねられた。すると娘は腕輪を外して置くなり、『これらの腕輪はアッラーと御使いのものです。』と言った。」

ザカートに関しては、金、銀が限度の重さを超えたときには当然支払うべきものとなる。金のそれは重さで11・3/7サウジリアルに相当するもので、それが商売に供されておらず、またそれ以下ならばザカートを払うに及ばない。銀については、重さで56サウジリアルが最小限度である。これ以下ならばザカートを支払うに及ばない。金と銀の支払うべき額は2.5%である。

ザカートは、負債が金、銀ないし現金で限度を超えているならば当然支払うべきものである。それは負債の額だけか、ないし、何らかの手段で手に入れた手持ちの冨の残りを加えたものが限度を超えているかによる。これらの負債の返済能力があって当然返済されるものであるなら、返済されるまでの毎年、貸し手はザカ-トを払うには及ばない。

しかし、借り手が貧乏であって、負債を返し終えるまでザカートが払えないならば、その場合には不用の富とみなされザカートを支払わなければならない。ザカートは、商品についても限度を超えるならザカートを当然支払うものとなる。商品そのもの及びお金などの他の富を加えたものが対象となる。それらの富としては、商売を目的とした土地、家財、家畜、自動車他機械類、食糧その他が含まれる。

ザカートの額は、ヒジュラ歴の一年間にわたって所有に帰した富に対して2.5%が当然支払うべきものとなる。即ち、丸一年間所有に帰した時点で所有者は富を評価し、元に比べて増減があろうとも評価の結果の最終的な金額の2.5%をザカートとして課すこととなる。例えば、当初一千リアルで仕入れたものでも一年後に二千リアルと評価されるなら、その2.5%であり、五百リアルと評価されるなら、その2.5%である。

信者たちよ、ザカートについては、貧しい人たち、返済できない負債を抱えた人たちなどにちゃんと渡るといった、アッラーが支給してあげようとした先に然るべく配分されないならば価値が無いものである。

金持ちや、生活の糧を稼ぎ出すことが出来る者は、ほんの少であってもザカートを受け取ることは許されない。ザカートを受ける資格があるとみなされた人が、後にその資格が無いと分かったとして、その受け手が自分は受け取ることは合法的ではないと知りながら故意に受け取った場合だけは、その者は悪事を犯したことになる。

アッラーよ、ザカートを惜しみなく支払う者であるように御導き下さい。
アッラーよ、愛する預言者さま(祝福と平安を)をお手本として実行できる者であるように御導き下さい。
アッラーよ、私たちの信仰心を強くして下さい。私たちが正しい道を歩むように御加護下さい。
アッラーよ、何時でもあなたさまを顧みて感謝し、満足を知る者であるように御導き下さい。
アッラーよ、私たちがクルアーンとスンナの教えに従い、忍耐強い者であるように御導き下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。 アーミィーン

ダウンロード:マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ要約(2012年7月6日).doc

ホトバ要約.

Comments are closed.