模範とすべきもの その1

2012月2月3日

あらゆる称賛は、慈悲に富み、慈悲深いアッラーの為のもの。
預言者ムハムマド、その一家及び教友たちに祝福と平安がもたらされますように。

信者たちよ、アッラーは、クルアーン・部族連合章において次のように述べておられる。

「誠、アッラーの使徒には、お前たちにとっての立派な模範があった。アッラーと終末の日に期待を抱く者、アッラーを多く唱念する者にとっては。」(33章 21節)


この章節にある「ウスワ・ハサナ」という言葉は、「模範」という一般的な言葉であるが、ここでは、アッラーの使徒(祝福と平安を)の生き様が、それに従うムスリムにとって立派な模範であると教えているのである。

即ち、この章節では、ムスリムは生活におけるあらゆる局面において、また人格や人柄についても、聖預言者(祝福と平安を)を自分たちの模範とするべきであると、教えているのである。

アッラーの使徒(祝福と平安を)に従う為に、我々は御使い(祝福と平安を)の生涯を知らなければならない。

男も女も、大人も子供も、学者も普通の人々も、経営者も労働者も、全てのムスリムは、アッラーの使徒(祝福と平安を)の生涯を知る必要がある。実際、イスラームに関わる多くの実践は、御使い(祝福と平安を)の生涯を知ることに掛かっている。

例えば、全てのムスリムは、御使い(祝福と平安を)を愛さなければならないが、御使い(祝福と平安を)を知らずにどうして愛することが出来ようか。御使い(祝福と平安を)の生涯を学ぶことを通じて我々は、御使い(祝福と平安を)がいかに理想的な夫であり、父親であり、指導者であり、教育者であり、判事であるのかを正しく知ることが出来るのである。

もし誰かが、家庭や学校での子供の指導者であり、ないし大人の集団での指導者であろうとするならば、本当のムスリムの時代を立ち上げたことで知られる最良の指導者が如何なるものであったかを知るべきなのである。

その時代のムスリムは、人類が知る限りにおいて最も優れた文明市民に発展していったのである。指導者である者は、御使い(祝福と平安を)の生き様から指導者のあるべき資質を学ぶことが出来た。即ち、御使い(祝福と平安を)がどのように判断し、どのようにムスリムたちをまとめ上げ、どのようにしてムスリム社会集団の改善に努めたかということである。

そこでは、ムスリム個々人だけではなく、ムスリム社会集団全体が、御使い(祝福と平安を)の生き様に見い出される有効なやり方を、学びとして受け入れることを必要としていた。御使い(祝福と平安を)は、人々にとっての福音ということである。

アッラーは、使徒(祝福と平安を)について、クルアーン・預言者章において次のように述べておられる。

「われはひとえに、万有への慈悲として、あなたを遣わしたのである。」(21章 107節)

イブン・ウメール師(平安を)は、預言者さま(祝福と平安を)が次のように述べたと伝えている。

「私は、アッラーにより遣わされた、福音、慈悲、導きである。それ故、アッラーに従う者を高め、その他のアッラーに従わない者を低め、高慢の鼻をへし折ることとなる。」

この章節にある「アーラミーン」という言葉は、「アーラム」の複数形であり「万有」という意味であるが、その言葉には人間、動物、ジン、宇宙のあらゆるもの等々創造物の全てを含む。アッラーはそれら全てに、慈悲を行き渡らせられる。

預言者さま(祝福と平安を)は、ご自分と、自身の宗教に対する手ごわい敵である不信仰者や偶像崇拝者に、どのように慈悲をもたらされたかを見てみようではないか。

彼らは、預言者さま(祝福と平安を)と彼に従う人々に苦難を与え迫害した。その上、故郷の土地マッカから追い出すことまでしたのである。

その後にも、彼らの迫害は続き、それらは少しも衰えることはなかった。教友の或る者たちは、預言者さま(祝福と平安を)に、彼らを罵り、彼らを打ち負かす為の祈願をするように期待したのである。

預言者さま(祝福と平安を)が祈願すれば、アッラーは迫害する者たちに罰が下され、過ぎ去った時代に罰を受けた人々のように滅ぼされることになるだろうということである。預言者さま(祝福と平安を)は、自分は慈悲の為に遣わされたのであり、たとえ誰であろうとも、或る者を罵る為に遣わされたのではないと言われたということである。

信者たちよ、我々は、日々の生活にあって、人々との係わりにあって、事業において、家を守ること他あらゆる物事にあって、預言者さま(祝福と平安を)を模範とするべきものである。アスワド(平安を)は伝えている。

「アイシャさま(平安を)に、『預言者さま(祝福と平安を)が普段家におられる時にはどうなさっていましたか。』と尋ねたら、彼女は、『預言者さま(祝福と平安を)は、普段から家の用事に手を貸され、家の者の用事を助けられましたが、礼拝の時間になるとそうしたあらゆることを止められて、礼拝に出掛けられました。』と答えた。」

預言者さま(祝福と平安を)のこのような行いを手本とし、我々も行うことが出来るように、アッラーに御力添えをお願いしようではないか。人に役立つことをした結果の報酬が与えられ、傲慢その他の我々の心に巣食う病を御治し下さるように祈願しようではないか。

普段から、自分より優れた人に出遭ったら、それを真似ようとするが良い。即ち、子供は大人を、生徒は先生を、弱い者は強い者を真似るということである。

だが、大人、先生、強い者が悪い者である場合には、真似た者は道を踏み外し、悪い道に従うこととなる。それ故、全能のアッラーは、善良で良い人間に従うように命じられ、悪い人間に従うことを禁じておられる。つまりは、アッラーの御使い(祝福と平安を)が、我々が従うのに最良であるということである。

アッラーは、クルアーン・ムハムマド章において次のように述べておられる。

「お前たち信仰する者よ、アッラーに従い、また、使徒に従いなさい。お前たちの行いを無駄なものにさせてはならない。」(47章 33節)

アッラーよ、私たちを、アッラーの御使い(祝福と平安を)を見習い実行できる者であるように御導き下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちを御加護下さい。あなたさまに感謝し、満足を知る者でありますように。
アッラーよ、私たちがクルアーンの教えに従う者でありますように。私たちを祝福下さいますように。
アッラーよ、私たちを、あなたさまを何時でも顧みる善い信者の一人となるように御導き下さい。
アッラーよ、私たちが正しい道を歩むように御加護下さい。私たちの信仰心を強くして下さい。
アッラーよ、日本中に、世界中にイスラームを広められるように御力添え下さい。
アッラーよ、イスラームとムスリムたちの為に奉仕出来るように力と御加護を御与え下さい。
アッラーよ、病気の者たちを御治し下さい。仕事の無い者たちに清い仕事を御与え下さい。
アッラーよ、仕事に成功を、そして安心と安全を御与え下さい。
アミィーン

ダウンロード:マスジド大塚金曜日礼拝ホトバ要約(2012年2月3日).doc

ホトバ要約.

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